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経済学の機会費用という概念に納得いかない人のための入門経済学

みなさん、こんにちは!
経済学の概念「機会費用」という言葉を聞いたことはありますか?

私は学生時代に経済学を学んだにもかかわらず未だに腑に落ちない概念があります。
大学院でも意思決定論を中心に考え続け、ようやく一定の答えは出たものの、
未だに一般的な解釈には悩むところがあります。

こういうことは経済学を学ぶ上ではそういうことがよくあるのですが、
それはさておき、今回は機会費用についてちょっと考えてみました。

続き

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機会費用と言うけど実際どういう意味なの?

私は機会費用(opportunity cost)という概念を学部のミクロ経済学で習ったのですが、
概念としては分かったような気がしていましたが、実感がわかなかったのです。

Wikipediaによれば以下のように説明されています。

複数ある選択肢の内、同一期間中に最大利益を生む選択肢とそれ以外の選択肢との利益の差のこと。最大利益を生む選択肢以外を選択する場合、その本来あり得た利益差の分を取り損ねていることになるので、その潜在的な損失分を他の選択肢を選ぶ上での費用(cost)と表現している。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%9F%E4%BC%9A%E8%B2%BB%E7%94%A8

ちょっとむずかしいですね。でも安心してください。

「Aという選択肢を取ったら100万円、Bという選択肢をとったら200万円」
どちらを選びますか?

そう聞かれたら普通全員がBという選択肢を選ぶでしょう。
でも、Aを取る人は0人ですからそんな選択肢は選ばれないような気がします(笑)

じゃあなぜこの世の中には他の選択肢があるのかというと、

  1. 人によってその選択肢の価値が異なるから
  2. 選択肢の価値に不確実性があるから
  3. 人間は効用を正しく順序付けることができないから

ではないでしょうか。
それでは次に他の選択肢が生まれ、選ばれる可能性がある、
上記の理由について説明したいと思います。

機会費用の概念はどの状況で成立する?

世の中にはいろんな選択肢がありますよね。
だから、その中で最大利益が得られる選択肢とそうでない選択肢がある。

ここまでは分かります。

次に、最大利益を生む選択肢以外を選択する場合、そのあり得た利益差の分を、
取りそこねているのでその潜在的な選択と最大利益との差がコストとなるというのです。

  • 人間は効用を正しく順序付けることができないから

でも、これは選択肢が序数的に並べ替えられるとしたら、最大利益を生む選択肢と、
その他の選択肢には必ず順番が付けられることを前提にしているんですよね。

そうすると、合理的唯一の選択肢として最大利益を生む選択肢の存在は仮定できます。

でも、現実的に選択者は真剣に検討した結果その選択を選んでいるのだから、
その選んだ選択肢は選択者にとって常に最大利益を生む選択肢であるはず
です。

「むむっ!」という感じがする人もいるかも知れません。
なんでも価値に順番付けができるという世界においては合理的な選択が成立します。

でも、現実的にはそんなことは能力的に不可能ですし、
そもそも、人間って気まぐれですよね。

「今日は気分的にりんごのジャムのほうが効用が高い」、
「今日は家族で買い物に来てるからイチゴのジャムのほうが効用が高い」

そういうことはよくあることです。気分がコロコロ変わったり、
家族の目を気にしたらそっちを選びたくないのにそれで我慢するとかよくあります。
だから、人間は正しく効用を順序付けることができないとも言えませんか?

  • 人によってその選択肢の価値が異なる可能性があるから

本人は最大利益が得られる選択を常に選ぶはずです。
それが、他の人から見て「ありえない!」と思ったとしてもその人の最大利益だからです。

すべての選択肢を金銭換算したとして「絶対に一番高額な価値のある選択を選ぶぞ!」
そう思っていたとしてもどれが一番金銭的に価値があると考えるかは各自違いますよね。

それに将来はかなり不確実です。

「専門卒よりも大卒の方が3年後の年収が多いと考えたので大卒を選んだ」として
その会社は専門卒のほうが評価される会社だったということもあるかもしれない。

  • 選択肢の価値に不確実性があるから

選択肢の価値が選ぶ時点において価値が決まるのであれば誰も迷いませんが、
選択するときにその経済的価値がはっきりと測れることはまず無いのですね。

選択する時点でも限られた情報で選択するわけですから、
それが未来にどのような効用を得られるかということは更に不確実な話です。

不確実性があるからこそ、選択肢が生まれ、選択される可能性があるわけで、
機会費用というのは何らかの超越的な第三者が「これが一番!」と決めない限り、
簡単には意識できない概念だと思うのです。

人生の意思決定をすることと機会費用について

実はこの機会費用は、日々の意思決定の中で暗黙のうちに行われてるのです。

「りんごのジャムといちごのジャム」どちらが効用が高いかを無意識に判断して、
りんごのジャムのほうが良いと判断すれば、そちらを選択します。

直感的にわかりやすいことですが、
選択肢が考えられる際は必ず機会費用を考慮しているのです!
それは、単に「どちらのほうが自分にとって好ましいか」という問題とも言えます。

よく、機会費用を説明するときにお金をどのくらい稼ぐかという話をします。

「今授業を受けている時間は7000円支払っている、今バイトすれば1400円稼げる、
授業を受ける費用7000円を失い、バイトすれば手に入った1400円を失っているので
合計8400円という機会費用が発生している」

ふむふむ、この時点においてこのコストの捉え方は正しいですね。
しかし、なぜ皆はそれでも大学の授業に参加するのでしょうか。

それは将来、大学卒業という資格を手に入れることで得られる報酬がそうでないより、
高いと考えられているからかもしれません。

今、この時間を費やすことで将来より大きな果実を手に入れられる可能性がある。
もちろん将来のことはわかりませんが、おそらく卒業したらいい会社に入れるからです。

実際には就活に失敗したりすれば高卒で就職したほうがよっぽど良いこともあります。
ただ全体を見れば大卒の給与のほうが生涯年収では高いことが知られています。

また、こういう考えもあるでしょう。高卒であるということを気にして生きるくらいなら、
とりあえず大学を卒業するというのはプライドとして許せるのかもしれません。

機会費用にはこうした単純な金銭換算ができない問題も含まれています。
その要素をどれくらい重要視するのかは人によって大きく異なるでしょう。

複数の選択肢があっていろいろな選択肢を選ぶ人が世の中に存在するのは普通で、
他人の選択肢について「お前は機会費用を失っている」と指摘するのは、
親心やおせっかいとしてはありですが、赤の他人に言うのはちょっと問題です。

金融や不動産などの取引や選択においても、不確実性と価値観の違いがある以上、
明らかに詐欺なスキームを選択している人を止めることは許されると思いますが、
例えばマイホーム論争に参加するのはあまり意味のあることではありませんよね。

人生の選択は特にやってみないとわからないところがあります。
そうした「挑戦する価値」というのも人生一回の中では大きな価値ではないでしょうか。
すると、親だとしても心配をしながらも選択を見守ってくれるはずです。

ちょっと長くなってしまい、話が散漫になってしまって恐縮です。

実は身近な意思決定と機会費用を分析的に考えてみるとこんなに曖昧なのですね。
次回は実は経済学の研究者においても機会費用についての考え方が、大きく異なっており、
議論されているということについてご紹介したいと思います。

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