経済学

労働者の交渉力と経済成長に関する考察

日本や先進諸国の経済成長率は長期的に低下傾向にある。経済停滞の原因はあるのかというと、あるのだろうが理由は定かではない。

しかし、間違いないところで言えば、人間が一生に使う生活に必要なモノが一定だとしても、人口が増えることで消費の総量は増えるのは当然である。人口が増えない社会では経済成長は起こりにくいことは容易に想像がつく。

経済学においては、他にも資産価格バブル崩壊の後遺症や、生活を大きく豊かにするようなイノベーションが生まれていないということもまた経済停滞の原因として挙げられているが、やはりこれらは複合的に関係しており、どれがどの程度影響を与えているのかについてははっきりとはわかっていない。

今回の論文は、ローレンス・サマーズという著名な経済学者の「The Declining Worker Power Hypothesis: An explanation for the recent evolution of the American economy」という論文で仮説として提唱された、労働者の交渉力低下が経済成長を阻害しているという主張について考察している。

今日の論文

Ryoji Hiraguchi “Optimal Wealth Taxation in the Schumpeterian Growth Model with Unemployment” RIETI Discussion Paper Series 21-E-056

簡単に利益が出るとイノベーションは起こりにくい?

通常のマクロ経済モデルにおいては、労働者の交渉力低下は、企業の利潤を増やし、結果として総生産を増やすという結果を導くと考えられる。

労働者は企業から見れば人件費というコストの一部を構成する。製造に関わる人員の費用は製造費用(原価)に含まれるし、販売管理に関わる人員の費用は販管費に含まれる。

企業の営業活動の結果としての営業利益は売上から原価と販管費を除いたものであるから、労働者の賃金交渉力が低下すると当然企業の利益は出やすくなると考えられる。

企業は利益拡大を第一目標として行動するのであるから、労働者の交渉力低下によって生まれた利益を元に生産を拡大する。生産を拡大するということをはその既存の事業に人員をより多く配置する必要があるから、労働者はこの生産を拡大のために優先的に配置される。

不確実性の高い技術革新・イノベーションに投資を行うより、確度の高い手堅く利益を生み出すことができる既存の生産活動により多くの人員を配置するほうが合理的である。

これは理論的な静的モデルの元で考えた経済学モデルによる理論的に導き出せる結論であり、現実的に起こりうる競合のイノベーション、人々の趣味嗜好の変化に伴うビジネス環境の変化、法規制、社会情勢などの変化を加味したものではないことには注意したい。

資産課税により過剰な市場参入は食い止められるか?

課税の話をする前にまずここでまず整理しておきたい。
「企業が利益を生み出すのを目的とするのはなぜなのか?」

なぜなのかわからないまま勤務している方も少なくないだろう。かくいう自分も「利益を出さずに全員に分配すればいいのに」と考えていたことがある。

実はそのような理想的な法人は既に存在している。

それはNPO(非営利活動法人)である。NPOには株主はいない。だから利益を株主に分配する必要はないし、利益に相当する分を生み出すプレッシャーを受けなくて良い。

しかし、NPO法人が営利企業と同程度に従業員に給与を支払っていることは少ない。

法律的にNPO職員の給与に上限があるわけではないから、組織形態が悪いのではなく、活動する事業分野の制約で十分な賃金を支払うだけの利益が出ないことが多いのである。

一方、営利企業の代表例である株式会社には、従業員、経営者と株主(オーナー)というアクターが参加することで成り立っている。

私達の多くは従業員でありこれは平たく言えば「労働の対価として賃金を得る人」である。
何を売っているのかというと「自らの労働力」である。
自分が提供できる労働力という資産を企業に買ってもらう。これが雇用という仕組みだ。

そして従業員を雇う経営者は「会社の事業活動に責任を持ち、指揮する人」である。
社長は単に偉いのではなく、一番経営に対する責任を負っているのである。
経営者は労働者から選ばれるものではなく、オーナーである株主が決定する役職である。

そして株主は「会社の所有者であり資本を提供している人」である。
一番わかりにくいが、会社には元手となる資本金というものがあり、これの出し手である。

資本金は会社を設立した時に株主が出した元手となるお金から始まっている。
その後、株式をより多くの投資家に買ってもらったり、毎年の事業活動で得た利益を積み立てることで増やしていくことができるし、そうやって貯めた資金をまた翌年の事業に投資することで会社は成長する。

しかし、株主がどのようなリスクを背負っているのかはイメージしにくい。

それでは、イメージしてほしい。明日、あなたの目の前に青年起業家が来て、「10年後には成長していますから100万円出してくれませんか?」と1時間ほど説得したとする。

どのように対応するだろうか?
おそらく、多くの人は「いや、ちょっと怖いので払いません」と断るだろう。

しかし、現実的に会社の株主になる人はまず一番最初にお金のリスクを背負うことになる。

もちろん、会社が成長して上場するようになるとちょっと話は違う。
例えば会社が成長してより多くの資金を必要とするようになると、証券会社を通して誰もがお金さえあれば自由に株式を売買することができるようになる。

NTTやトヨタ、ソフトバンクの株主になるということは単に配当を受け取るための投資商品を買うというのと同時に株主としてその会社のオーナーに名を連ねるということである。

さて、こうして手に入れた株式を持つ株主には当然配当を受け取る権利がある。
今期の配当金がいくらかはその企業の事業成績によって変動するが、配当がゼロであればそれは投資家にとってはインカムゲインが無いということを意味する。

成長期待を集めることによる株価の上昇、つまりキャピタルゲインを期待できない限り、株主はその株式を手放すことになるだろう。

それでは資産課税がなぜ労働者の交渉力低下によって生じる企業の過剰な市場参入を防ぐことにつながるのだろうか。それは資産課税により、株主が配当として受け取るより、その会社がイノベーションを生み出す事業に再投資してくれることを期待したほうが有利になると考えられるからである。

現在の日本では株式の配当にかかる税金は20%程度である。例えば100万円の配当を得たとしたら80万円が口座に振り込まれる。しかし、もしこの税率が40%となったとしよう。

すると、株主としては確かに配当を手に入れたいという気持ちはあるけれども、自分の懐に入れるより前に、会社がイノベーションを生み出すような事業投資にその分を振り向け、更に利益を生み出し、株価が上昇し、さらにそれにより来季もまた投資をすることが可能にるというプラスのサイクルに入ってくれたほうが良い。

よって、資産課税によって企業はイノベーションにより多くの資源を振り向けることになる。結果として経済成長率、社会的な厚生をより高める可能性がある。

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