経済学

租税回避防止の法律に抜け道を作ったのは誰?

法律に触れず合法的に利益を得ることができればそれはすべて良しなのか?

違法行為をしているのではないから当然全く犯罪でもないし、そういうルールなのだから当たり前のことだと考える。明確にやってはならないと規定されている事以外について、何らかの価値提供の対価としてお金を手に入れるのはビジネスとしては当然のことだろう。

一方で、脱税や節税という言葉を聞くとズルいと感じてしまう。

もちろん、脱税というのは事実を隠匿して違法に税負担を逃れることであってこれはれっきとした犯罪である。ただ、節税というのは感覚的にせせこましいような気もするが、節税制度を活用しているだけの適法な行為である。

脱税と節税というのはそのくらい違うことをしている。節税というのは(本人は節税といいつつ実は脱税しているケースもあるが)基本的には法律というルールに則っている行為であるので後ろめたいことはない。

ただ、節税と言っても法律の性質がはっきりしていないことを逆手に取ったり、法律を回避するように駆使して利益を得るのはどうだろう。これはちょっとずるい気がする。

だからといって形式的には法律で防がれているわけではない。つまり違法行為ではないのだから脱税と凶弾するには弱い。これを業界では「租税回避」と言っている。これはいわばグレーゾーンな節税である。

租税回避というのは立法者の想定を超えた法律の悪用と言ってもよい。租税回避は違法行為ではないからそれをしたからと言って形式的にはまったくもって白である。

しかし、その行為が立法の意図するところを回避するために使われているのであれば、それはやはり公共の福祉として制限されるべきだと考えるだろう。

Tax Avoidance(租税回避)とは?

学問的に説明するならば、租税回避とは「一般的には、「私法上の形成可能性を異常または変則的な態様で利用すること(濫用)によって、税負担の軽減または排除を図る行為」である。租税回避は租税法律主義によれば形式的には合法といえる。((金子宏著「租税法<第23版>よりPwC用語集より孫引用 https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/glossary/tax-avoidance.html#:~:text=%E5%AE%9A%E7%BE%A9,23%E7%89%88%3E%E3%80%8D%E3%82%88%E3%82%8A%EF%BC%89%E3%80%82))

しかし、租税公平主義やフリーライダーの観点から、不当な行為であるとも言える。

「抜け道」として税法や国際法における租税条約等を乱用することにより、租税法の課税要件既定の欠缺(けんけつ)((ある要素が欠けていること))を利用して租税利益を得ているということである。((Wikipedia-租税回避 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%9F%E7%A8%8E%E5%9B%9E%E9%81%BF))

今回紹介する論文はフィンランドにおいて導入された過小資本税制において法律の策定プロセスにおいて抜け道が作られたのだが、それは誰によってどのように作られたのかに焦点を置いた論文である。

この論文の意義はフィンランドにおける租税回避防止法の制定過程を包括的に事例研究することで、多国籍企業における「規制の虜(Regulatory Capture)((Wikipedia – 規制の虜「規制機関が被規制側の勢力に実質的に支配されてしまうような状況」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%8F%E5%88%B6%E3%81%AE%E8%99%9C))」に関する議論に貢献するものである。

筆者はフィンランドの過小資本制限法を制定するためのいくつかの段階で、様々な利害関係者が提供した声明を分析している。法案の草案から最終的な法律の文言に至るまで、誰のどのような発言がどのような違いを生んだのかについて、リアルな分析を行うことができる。

最終的に本論文では租税回避防止法には、課税ベースを下げるような抜け道が含まれているが、これは企業の利益団体や税務顧問会社が法の内容に影響を与えていることが示唆されたと結論づけている。

Thin Capitalization(過小資本)とは?

通常、企業が借り入れ利息支払いを行うと、これは会計上の費用、税法上の損金となり、多額の借り入れを行い、返済をすることで税負担を減らすことが可能になる。

通常会社を立ち上げるときは出資を行う。出資するとそれは「資本」として、いわゆる資本金や資本準備金として会社のビジネスを回すための原資となる。通常出資に対する配当は課税所得の計算において損金とはならない。

しかしながら、借り入れは、借入金に係る支払利子は課税所得の計算上、損金となる。この違いを使うと税負担を軽減することができる。

例えば新しい海外の販売子会社を立ち上げるときを想定しよう。

親会社に資金的な余裕があるのなら海外販社は少額の株式資本で設立し、必要な資金は親会社からの借り入れで調達したほうが良い。これは、前述の通り借入金に係る利子の支払いは所得計算で損金になるためである。

なるほど!その手があったかと思わせる税務術である。

ただ、残念。現在は日本や英国ではこうした取り扱いを防ぐためこのような取り扱いで拒否する法律が立法化されており税務上否認となる(損金算入が拒否される)。

これは税法上「過少資本税制」として規定されており、内国法人がその国外支配株主等から資金提供を受ける場合において、国外支配株主等から過大な借入れを行うことによる租税回避を防止することを目的としている。

租税回避防止制度のプロセスをどう分析するか?

こうした租税回避に対して国はどのように対策を講じているのだろうか?

一般的には国内法に基づいて新たにこうした租税回避を防ぐような法律を制定することになる。しかし、現代は国際法に基づく租税条約という国同士の取り決めがあり、しかも一般的に知られてはいないが、国際法は国内法に優先して適用される。

このことを逆手に取って、法の網の目をくぐるようなアクロバティックな租税回避策を講じる多国籍企業がたくさん現れた。それは悪の組織のようにあからさまに悪いことをしているテロ組織などではなく、誰もが知っていたり、サービスを購入していたり、入社することが憧れの超大企業の多くである。

こうした多国籍企業は優秀な人材とコンサルタントを駆使して、企業グループの価値をさらに高めるために租税回避を用いた。結果として招いたのは、租税回避による国同士の租税競争である。

法人税を下げる競争は、企業を自国に惹きつけるための常套手段である。しかし、稼ぎ手であり税の支払い手である企業から十分な税収を確保できないとなると、国家予算は弱体化することになる。

これにより、国民の間に不平等を生み出すだけでなく、世界経済と福祉にも悪影響を及ぼすという見解を、国際社会と学界は広く共有している(OECD 2013; IMF 2019)

経済協力開発機構(OECD)によるBEPS(Base Erosion and Profit Shifting)プロジェクトは租税回避防止の多国間協調の枠組み策定の最前線に立っているといえる。

2015年9月には、15の行動計画を発表し、電子経済課税、子会社合算税制、過小資本税制、移転価格税制、企業情報の報告制度など、現代の経済に則したルールメイキングを主導している。

これまでの研究における政策形成の過程分析ではステークホルダー分析が広く行われてきた。ステークホルダーには、企業の利益団体、法律事務所、監査・会計事務所、市民社会組織、学者、当局などが含まれる。

規制の取り込みに関するこれまでの実証研究は、企業の役員や取締役の政治的なつながりと企業の経済的パフォーマンスとの統計的な相関関係を調査したものである。(Amore and Bennedsen 2013; Cingano and Pinotti 2013; Coviello and Gagliarducci, 2017; Deniz and Mishra 2014; Faccio, Mazulis, and McConnell 2006; Goldman, Rocholl, and So 2013; Khwaja and Mian 2005)。

また、規制の虜やロビー活動のさまざまなメカニズムを評価し、さまざまなステークホルダー・グループの役割やその目的も分析されている。(Botzem 2008; HertelFernandez, Mildenberger and Stokes 2018; Korkea-aho and Leino 2017; Kramnaimuang King, and Hayes 2017; Vesa, Kantola, and Binderkrantz 2018; Young 2012)。

しかし、これらの研究はデータから後付けで説明するものであったり、理論的なメカニズムの評価に終止しているところがあり、特定のロビイングイベントとその結果の間の因果関係を示ものではない。

こうした背景からこの論文で用いられているケーススタディの手法は、Christensen(2020a)の研究を参考にしており、同様の体系的な質的内容分析のアプローチを採用している(Drisko and Maschi 2015)。

質的分析は近年の実証主義的な社会科学においてはあまり重要視されてこなかったといえる。しかしながら、実験が難しい社会科学において数量的なデータから因果関係を導くことは非常に困難であり、推計する手法は開発されているものの必要なデータを入手することもまた難しいことがある。

政策決定の過程を分析する際においても、実証的に検証できる部分が無いわけではないだろうが、政治的なインタラクションをより事細かに把握するためにはどうしても質的な手法を援用したほうがより生き生きとした描写が可能になる点はあるだろう。

質的分析を使って政策形成過程を分析するというだけでワクワクしてしまうのだが、租税回避というドロドロとしたビジネスのレントシーキングの様子を知ることができるのだから、個人的に大変楽しみである。

Finér, Lauri. “Who generated the loopholes? A case study of corporate tax advisors’ regulatory capture over anti-tax avoidance legislation in Finland.” Nordic Tax Journal (2021).

 

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