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起業に必要な事業計画とは?ブートストラップ起業とは何か?

アントレプレナーシップに関する心理学研究について

アントレプレナーの心理学についての論文レビューの続き

起業家精神(Entrepreneurship)の心理学研究は米国にて盛んに研究されている。
今回は2014年に「Annual Review of Organizational Psychology
and Organizational Behavior」に投稿された論文をご紹介する。

Michael Frese and Michael M. Gielnik, The Psychology of Entrepreneurship, Annu. Rev. Organ. Psychol. Organ. Behav. 2014. 1:413–38

本論文では既存のアントレプレナーシップの心理学についてのレビューを実施している。このレビューは発表されている起業家精神に関する研究をメタ分析している。

そして、前回このブログではアントレプレナーシップの心理学的研究において提唱されている概念について簡単に論文レビューを行った。例えば、起業家的注意力(Entrepreneurial alertness)は「ビジネスチャンスを探さずに気づく能力」Kirzner (1979)と定義されていること。ビジネスプラン(事業計画)とは、「事業の現状と将来の予測を記述した文書」である(Honig 2004)ことなどについて紹介した。

そして実際の経験からビジネスプランニング自体が無駄であるとは思わない。計画自体は資金調達等の外部への事業説明資料として必要とされる機会はあるが、それが主たる目的ではなくあくまで経営のためのリソース獲得のための手段でしか無い。

それよりもビジネスプランがあるべき理由は自らがその事業を実行するという意思表示であり、そのためにどのような仮設があり、どれくらいのリスクがあるのか、優先して検証すべき事項を見つけるためのツールとしてである。

つまり、ビジネスプランは主に自らの行動指針や検証のための仮設を文章化するという点において重要であるということも私見ながら紹介した。このように論文を翻訳しながら要約しつつ、自分の経験や学びからコメントを加えながら読み進めているのが本連載である。

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ビジネスプランニングの有用性についての続き

行動計画は環境変化と検証結果によって変更する

計画に対する行動規制的なアプローチでは、行動計画を硬直した手段としてではなく、ビジネス環境の変化に依存するものとして捉え、人は目標に固執し、目標を達成するために計画を柔軟に変更するべきであるとする(Frese 2009)。

このように、計画は必ずしも効果化と相反するものではなく、行動計画と効果化は共同して目標達成につながる(V. Cha, A.Y. Ruan & M. Frese, unpublished manuscript)。

同様に、ブリコラージュやインプロビゼーションでは、起業家は既存のリソースを使って即興でやりくりする。つまり、長期的な戦略的方向性を持たないが、機会を追求し、問題を解決するために行動を開始し、維持するのである(Baker & Nelson 2005)。

ただ、行動を開始し、維持するには、行動計画を立てることが重要である(Frese 2009)。また、ブリコラージュやインプロビゼーションといった戦略的アプローチを用いる際には、計画を立てることが起業の成功につながるはずである。

つまり、前向きなノー・プラニング・アプローチ(とにかく実行する方法)があり得るかどうかということである。私たちはそうではないと考えており、心理学的な研究もこの結論を支持している(Gielnik et al. 2013c)。

また、インプロビゼーション(即興)は、計画と行動が重なるとであるが、Bakerら(2003)が認めているように、やはり何らかの計画が必要だ。エフェクチュエーションもブリコラージュも即興も、ある程度の行動計画がなければ成立しないであろう。

前回と重なる内容もあるが、ビジネスプランニングを絶対的なものとして扱うのは変化が加速度的に早い現代においてビジネスが置かれる環境(法律、慣習、文化、競合、制度等)の変化に対応しなければならない際に足かせとなることがある。

つまり、ビジネスにおける計画はビジネス環境の変化に依存するものであり、目的を於いた際にその目的を達成するための計画は柔軟に変更されるべきである。

しかし、だからといって無計画は良くない。計画は検証するための仮設で構成されるべきであろう。例えば現在スタートアップ企業ではバイブル化しているリーン・スタートアップの方法においては仮説検証が十分にできない場合は、ピボット(Pivot)と呼ばれる方向転換を行うことが推奨されている。

ブリコラージュやインプロビゼーションという用語はアントレプレナーシップ研究者の間で用いられる概念であるが、実務的には言い方は違えど、起業家の信念や思いを達成するために事業を起こすのであれば、当然まずは生き残ること、つまりそのビジネス環境に適応し続けることが必然的に求められ、柔軟に行動を取らなければならないということは絶対である。

繰り返しになるが、直感的な行動より計画に基づいた行動であるほうが良い理由は、その計画において前提とされた仮設を検証するためである。

起業家の思いは唯一の行動につながる精神的モチベーションの源泉となるが、思いばかりに突き動かされるだけではなく、将来的なチームプレイや後進の育成のためにも、起業家としてどのような仮設を持っており、どのように検証したかについて言語化することで、学習を未来の事業成長に活かすべきである。

 金融資本(Financial Capital)

資金調達はビジネス経済学の中心的概念である

起業の成功を経済学の観点から説明する際の中心的な概念は、新しいビジネスを始めるための金融資本の確保である。金融資本は、設備や原材料などの必要な資産を獲得し、流動性の問題を回避して、継続的な事業を確保するために重要といえる。

いくつかの研究では、財務上の制約が起業を制限する主な要因であり(Ho & Wong 2007)、資本へのアクセスが起業を促進すると主張している(De Mel et al. 2008)。しかし、金融資本の不足は、自分の失敗を制度やその他の外的原因のせいにする言い訳として使われることがある(Naude et al. 2008)。

実際に事業を経営すると、金融資本はビジネスにおいて絶対的に必要であるがそれだけでは十分ではない。 新しいビジネスを始める際に絶対必要だが、それが最重要でもないことを体で経験するだろう。

ビジネスを運転するためには単に会計上の黒字が出ているから良いのではなく、資金が必要な時に使えるように十分に調達しておく必要があるのである。

一方で全くゼロから事業を創り出すフェーズにおいては、確実に資金が獲得できる保証も無いことが多い。しかし、それでも初期段階においては少なくとも確実に来てくれるであろう顧客や仕事をくれるだろうクライアントとの約束は取り付けておくくらいの先走りは必要である。

信用が全くない状態から起業家が資本を獲得することができれば、たしかに起業を促進することができるであろうが無鉄砲な起業家が人生を棒に振ることもまたある程度防ぐためには自己資金も一つの信用指針として見る必要があるだろう。

アメリカの起業家の創業資金の中央値は〇〇ドル

米国では、創業者が提供した創業資金の中央値は22,700ドル(1987年のデータを1996年のドルで換算)であり(Hurst & Lusardi 2004)、ほとんどの起業家はさらに少ない資金で事業を開始している(Winborg & Landstrom 2001)。

さらに、米国の全国規模のパネル調査に基づく研究では、資源の客観的な存在も認識も、起業家の起業努力には影響しないことが示されている(Edelman & Yli-Renko 2010)。これらの結果は、経済的資源に焦点を当てた純粋な経済的視点だけでは、起業を十分に説明できないことを示唆している。

起業家の行動に焦点を当てた心理学的な視点が、金融資本の必要性に焦点を当てた経済学的な視点を補完することを主張します。起業家は財務的制約を克服するために、ファイナンシャル・ブートストラップを用いて行動することが研究で示されている(Grichnik et al. 2013, Winborg & Landstrom 2001)。

注目されるファイナンシャル・ブートストラップ

ファイナンシャルブートストラップとは、銀行からの正式な借入や投資家からのエクイティ・ファイナンスに頼らずに資源を獲得する行動である。起業家の80~95%が事業資金を調達するためにブートストラップを利用している(Ebben & Johnson 2006)。

ファイナンシャルブートストラップは、オーナーによる資金調達(例:自分の給料を源泉徴収する、親戚を雇う)、売掛金の最小化(例:請求書の発行を早める、支払いが滞ると利息を取る)、共同利用(例:オーナー同士が資源を共有したり、借りたりすること)、支払いの遅延(サプライヤーへの支払いを遅らせる、設備をリースするなど)、在庫への投資資本の最小化(在庫を最適化する、在庫を最小化するなど)、補助金の獲得(政府や公的機関から受けるなど)などが挙げられる(Winborg & Landstrom 2001)。

実証的には、資金の制約を克服し、より高いベンチャーの成長を実現するためには、財務的なブートストラップを利用することが効果的である(Patel et al. 2011)((Mitigating the limited scalability of bootstrapping through strategic alliances to enhance new venture growth.))。Bischoffら(2013)((Bischoff, Kim M., et al. “Limited access to capital, start-ups, and the moderating effect of an entrepreneurship training: integrating economic and psychological theories in the context of new venture creation (summary).” Frontiers of Entrepreneurship Research 33.5 (2013): 3.))は、メンタルモデルに着目し、起業家のメンタルモデルの違いが資本制約のベンチャー創出への影響をどのように緩和するかを検証した。

その結果、起業家のメンタルモデルが経験豊富な起業家のものと類似している場合には、資本制約は新規事業創出に影響を与えず、起業家のメンタルモデルが初心者の起業家のものと一致する場合にのみ、資本制約の新規事業創出への負の効果があることがわかった。

また、Bischoffら(2013)は、このような専門家のメンタルモデルをどのように教えることができるかを示した。これらの知見は、起業家が資金制約を克服するために行動を起こし、メンタルモデルを開発することができることを示唆している。

ブートストラップに関する定義は曖昧であるように思うが、Patelら(2011)、Bischoffら(2013)による研究は非常に興味深い。

創業期の起業家が資金制約を克服するためにブートストラップを活用することが効果的であることは間違いない。経験的にも、売掛金の最小化はなるべく進めたし、家族や友人の知識や手を借りたり、他の会社とオフィスをシェアしたり、補助金を獲得するなどブートストラップ的なファイナンスを実践した。

ただ実際のところこれだけでは不十分であり、ある程度立ち上がった(立ち上がる見込みがたった)時点で借入もしくは資本調達が必要になる。また公的な金融機関がこうした初期フェーズの会社に対して融資制度を設けている。

起業家のメンタルモデルに着目し、経験豊富な起業家と類似している場合には資本制約が新規事業創出に影響せず、そうでない場合には影響を与えるという指摘は非常に興味深い。

メンタルモデルの具体的な内容について詳しく知る必要があるが、経験豊富な起業家がもつブートストラップに活用できる資産を活用できるのであれば、やはり当然事業運営にはプラスの効果が生じるだろう。

その多くは(例えば補助金情報を知っている、申請を手伝ってくれる等)人的なネットワークによるものから生まれることがある。友人関係が豊富であることが多い外交的なメンタルモデルに恵まれた起業家は資本制約を上回るようなメリットを享受できる可能性も高い。

起業家志向(Entrepreneurial Orientation)

起業家志向とは?

起業家志向とは、「自律性、革新性、リスクテイク、競争力のある積極性、プロアクティビティ」を特徴とする(Lumpkin & Dess 1996)。

経営戦略に関する文献では起業家志向を企業レベルで解釈しています。((この意味においてはEntrepreneurialは「企業家」と訳される可能性。))CEOやジェネラル・ディレクターなどのトップマネジャーが、企業の戦略的スタンスを説明する。

起業家志向の高い企業は、自律性、革新性、リスクテイク、積極性、競争力のある攻撃性などにより、成長のための新たな機会を模索し、活用することができるため、他の企業よりも優れているとされている(Lumpkin & Dess 1996)。

実際、企業家志向とその下位要素が企業業績と高い相関関係にあることを示すメタ分析的な証拠が研究で示されている(Rauch et al. 2009, Rosenbusch et al. 2013)。

シュンペーターの企業家概念

起業家志向はシュンペーターの個人主義的な起業モデルから派生した概念である。この概念は、シュンペーターの個人主義的な起業モデルから派生したものであり、また、企業の戦略的スタンスに関する経営者の認識に基づいている。

この概念は、第一に、これらの認識がある程度正しいこと、第二に、これらの経営者の認識が企業にとって重要であること、第三に、これらの認識が成功や失敗を説明するための単なる事後的な帰結ではないことを前提としている。

したがって、この概念を心理学的アプローチで検討することは理にかなっている(Robinson et al. 1991)。Kraussら(2005)は、起業家レベルでの起業家志向の理論モデルを構築し、起業家の個人的特性(特に、自律性志向、革新性、リスクテイク、積極的性格、競争的積極性)が、起業家志向の個人レベル要因を形成することを示した。

この要因は、実際に企業のパフォーマンスと関連した(Krauss et al.2005)。志向性という概念そのもの(態度なのか、行動特性なのか、パーソナリティ要因なのか)、起業して成功するためにどの介在変数が役割を果たすのか(モデレーター、メディエーターなのか)、因果関係の問題(志向性は成功につながるのか、成功から導かれるのか)など、重要な心理学的問題が数多く存在する。

シュンペーターは経済発展において、経済体系内の非連続的な変化は、企業家による「新結合」、すなわち「国内生産力の従来とは違う活用方法」、「既存の生産要素を単に増やすだけでなく、これらを異なる方法で絶え間なく活用すること」から生み出されると述べている。

資本家との違いは、企業家があくまで新結合の担い手であるのに対して、資本家が持つ資本(お金)は企業家としての役割の獲得や維持を用意にするものであるが、必須条件ではないと論じている。

先程ブートストラップについて取り上げた際にもほぼ同様のことを指摘している。中小企業やベンチャー企業においては資本の提供が企業家本人である場合が一般的であるがこれは企業家と資本家が一致している特殊なケースである。

日本ではリスク資本の供給が主にブートストラップによる本人による工夫や本人の自己資本、または本人の保証による借入に限定されてきたが、ベンチャーキャピタルの発展により、ベンチャー企業に対してリスク資本の供給環境が整ってきている。

今回も取り上げきれなかったためまた次回へ続く。

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