スタートアップ

アントレプレナーシップに関する心理学的研究①

スタートアップ起業やアントレプレナーに対する注目が高まっている。

アメリカではシリコンバレーを中心としたベンチャー企業の成長、GAFAを始めとしたWebサービス起業の台頭が経済・金融に与える影響は既に無視できなくなっている。

マーク・ザッカーバーグやイーロン・マスク、ジェフ・ベゾスは有名だが、彼らはこれまでに何度も苦難を乗り越えて自身の会社を成長させてきた経営者であり、決して容易に今の地位を築いたというわけではない。

つまり、新しい産業の成り立ちとその裏側には彼らのような成功者だけではなく、同じようなアイデアや技術を元に起業した何百人もの起業家のチャレンジがある。

そして彼らはそれぞれ様々な思いを持ちながら、多くの人を巻き込み新しいビジネスを成功させようと奮闘するのである。

アントレプレナーシップに関する心理学研究について

アントレプレナーの心理学についての論文レビュー

起業家精神(Entrepreneurship)の心理学研究は米国にて盛んに研究されている。
今回は2014年に「Annual Review of Organizational Psychology
and Organizational Behavior」に投稿された論文をご紹介する。

Michael Frese and Michael M. Gielnik, The Psychology of Entrepreneurship, Annu. Rev. Organ. Psychol. Organ. Behav. 2014. 1:413–38

まず、本論文では既存のアントレプレナーシップの心理学についてのレビューを実施している。このレビューは発表されている起業家精神に関する研究をメタ分析したものである。

結論としては(一般的な)自己効力感や達成欲求などのパーソナリティ次元と起業家志向が、アントレプレナーシップ(事業創造や事業成功)と高い関連性を持つことが紹介されている。

アントレプレナーシップ心理学における概念

次に、アントレプレナーシップ研究の中で開発された概念の解説である。

具体的には起業家的注意力(Entrepreneurial alaertness)((Entrepreneurial alertnessについて現段階で日本語文献に適切な訳語が無いことから「起業家的注意力」と訳すこととした。))、ビジネスプランニング、リソースとしての金融資本、アントレプレナーシップオリエンテーションなどについて、心理学的な視点を取り入れることでどのように理解することができるかを説明している。

次に、伝統的な心理学的構成要素が起業家精神にどのように活用されているか、そしてそれが産業・組織心理学の知識をどのように向上させるかを詳しく説明している(例えば、知識、実践的知性、認知的バイアス、目標とビジョン、個人的イニシアチブ、情熱、正負の感情など)

そして、この論文のまとめとして起業家精神の心理学に役立つ全体的なフレームワークを示し、今後の研究への示唆を与える。

アントレプレナーシップ研究で提唱された概念

起業家的注意力(Entrepreneurial alertness)

起業家的注意力とは、「ビジネスチャンスを探さずに気づく能力」Kirzner (1979)と定義されている。キルツナーによれば、市場は常に非平衡状態にあり、価格には局所的なズレが生じる。このような矛盾は、起業家の利益を実現するためのビジネスチャンスであるという。

起業家とは、この矛盾に注意を払い、価格が安いときに商品を買い、高いときに商品を売る経済人のことである。起業家がビジネスチャンスを発見することで、経済の均衡を図ることができる。

起業家的注意力は、ビジネスチャンスの発見を説明する上で魅力的であるが最近では、起業家的注意力の「ファジーさ」を批判する学者もいる(Tang et al.2012)。Kirzner (1979) の概念では、起業家的注意力には先験的な意味はなく、事後的な説明にしかならないと指摘する学者もいる(McMullen & Shepherd 2006)。

キルツナーによれば、起業家的注意力とはビジネスチャンスを「探さずに」気づく能力と定義しているが、実際のところ、探してビジネスチャンスに気づくこともまた高い起業家的注意力であると感じる。

2010年頃からリーン・スタートアップなど事業創出時に科学的方法論を活用するメリットが強調され始め、アメリカのスタートアップの間ではリーン・スタートアップという本はバイブルとなっている。ここでは気づくということから、仮設を検証する、そのための検証できるように走る方法が説明されている。

その意味においては感覚的にビジネスチャンスを見つける能力がある人が起業家というよりも、むしろビジネスチャンスに意識的に目を向け、そこからその芽をしっかりと育てる能力のほうが重要視され始めていると感じている。

認知的側面に関しては、Gaglio & Katz (2001)が、起業家的注意力を、「新しい方法や変わった方法で考えることを促す認知的スキーマ」として概念化している。斬新な発想をすることで、革新的なビジネスチャンスを見出すことができると考えられる。

他の学者は、起業家的注意力の基礎として、一般的な精神能力や創造性などの基本的な認知能力にもっと焦点を当てることを提案している(Baron & Ensley 2006, Shane & Venkataraman 2000)。

一般的な精神能力と創造性は、人が情報をどのように処理するか、つまり情報をどのように理解し、どのように関連付けるかに影響を与える認知能力である。情報を理解し、情報間で新たな関連付けを行うことは、ビジネスチャンスを見出すための中心的なプロセスである(Mitchell et al. 2007, Shane 2000)。

実証研究では、創造性(さらには一般的な精神能力)もビジネスチャンスの識別に貢献するという仮説が支持されている(Baron & Tang 2011; DeTienne & Chandler 2004; Gielnik et al. 2012a,b)。

最近では、起業家精神を理解するためには、行動的側面や認知的側面だけでは不十分であり、より統合的なアプローチが必要であることが示唆されている(Gielnik et al. 2012b, Tang et al. 2012)。

ビジネスプランニング(Business Planning)

ビジネスプラン(事業計画)とは、「事業の現状と将来の予測を記述した文書」である(Honig 2004)。

その内容は、製品・サービス、顧客、競合他社、業界、事業戦略、オペレーション、財務プロジェクトなど多岐にわたっており、将来のシナリオの予測やモデル、リスクの評価、財務展開の計算なども含まれている(Boyd 1991, Castrogiovanni 1996)。

ビジネスプランは、ベンチャーキャピタルが資金調達を決定する際に使用するものであり、正当性を提供するものとして、アントレプレナーシップの中心的な役割を果たしている(Delmar & Shane 2004)。そのため、ビジネススクールのカリキュラムでは、ビジネスプランの作成に焦点を当てた授業が最も重要であると考えられている(Honig 2004)。

しかし、ビジネスプランを作成することの有用性については議論がある(Brinckmann et al.2010, Gruber 2007)。ある学者グループは、「『本格的なビジネスプランやマーケティングプランを策定する』必要性と『とにかく始める』必要性との間には、二項対立がある」とさえ述べている(Chandler et al.2011, p. 376)。

ビジネスプランの有用性について実務上の経験からは有用性がある。

起業家的活動を実行すればすぐに気づくが、上述のような「本格的なビジネスプラン」と「とにかく始める」という比較は極端な二分法であり、現実的には「妥当なビジネスプランを策定しながら検証していく」ものである。つまり、そこに二項対立は生じない。

ベンチャーキャピタルからの出資を目標とする場合は、もっともらしいビジネスプランを説明した上で納得させることが必要である。しかし、その後長期に渡る事業の遂行を見据えるのなら、「ビジネスプランがその時に出資者から見て完璧に素晴らしいもの」であったからと言って将来確実に成功するものではない。

ビジネスプランが外部への説得材料として用いられるならば、現時点において合理的で説明がつき、周囲の人間が理解できる範囲でのみ評価される。それは外部投資家やステークホルダーへの説明責任という点でまったく不利益であるとは言えないが、これから長期に渡って人生の時間を事業に費やし、責任をとって実行し、事業を順調に成長させることが目的であるならば、ビジネスプランの本当の価値はあくまで自分たちの指針であり、PDCAを回すためのガイドラインとしてである。

 

ビジネスプランの提唱者は、ビジネスプランには象徴性、学習性、効率性という3つのポジティブな機能があると主張してきた(Castrogiovanni 1996)。ビジネスプランには、象徴的な(あるいは正当化する)機能があり、起業家が自分のビジネスアイデアにこだわり、そのアイデアを具体化するために労力を費やしていることを示す。

また、ビジネスプランを作成することは、起業家の学習にも役立つ。事業計画書を作成することで、起業家は業界や利害関係者に関する情報を収集することになり、それによって知識が深まり、ビジネス環境の理解が深まるからである。

ビジネスプランに反対する人たちは、ビジネスプランは、時間がかかり、柔軟性を妨げ、将来の出来事についての不十分な知識に基づいているため、有害であると主張している。この陣営によれば、起業家は計画を立てる代わりに、資本や設備の獲得などの組織化された活動に時間を費やすべきだということになる(Carter et al.1996)。

プランニングではないその他のビジネスメイキング概念

ビジネスプランの潜在的なマイナス効果を考慮し、経営学者たちは、エフェクチュエーション(effectuation)(Sarasvathy 2001)、ブリコラージュ(Baker & Nelson 2005)、インプロビゼーション(improvisation)(Baker et al. )といった概念を提唱している。

エフェクチュエーション

エフェクチュエーションはサラス・サラスバシーが提唱した予測不可能な時代の手段をベースにした思考プロセスである。人が利用できる手段には、人(あなたは誰か)、知識(あなたは何を知っているか)、他の人(あなたは誰を知っているか)という3つの基本的なカテゴリーがある(Sarasvathy 2001)。

起業家は、利用可能な手段で実現可能な効果を選択すると言う。エフェクチュエーション理論によれば、不確実な未来を予測しようとする努力は失敗する可能性が高い。

ブリコラージュ

エフェクチュエーションと同様に、ブリコラージュとは、利用可能な資源を新たな目的のために再結合してやり遂げることを意味する(Baker & Nelson 2005, Baker et al.)。

インプロビゼーション

インプロビゼーション(即興)は行動の設計と実行が同じ地点、あるいは非常に近いところで行われる(Baker et al.2003)。即興とは、行動の設計と実行が同じ地点、または非常に近い地点で行われる。Baker et al. Bakerら(2003)によると、即興起業家は通常、大まかなアイデアからスタートし、最終的なビジネスコンセプトは、顧客やサプライヤーなどのステークホルダーとの継続的なやりとりの中で、時間をかけて発展・展開させていく。

ビジネスプランニングには有益な効果がある

ビジネスプランの戦略的機能と行動調整機能

ビジネスプランニングに関する批判の多くは、プランニングの戦略的機能に焦点を当てている。戦略的機能とは、例えば損益分岐点のような具体的な計算を伴う、書面による正式なビジネスプランを意味する。

このような戦略的計画は、不明確なデータに依存していることが多く、その結果、将来の不確実性を考慮して間違ったことが判明するような、疑似的な正確な計算が行われる。

これに対して、ビジネスプランの行動規制機能はあまり批判されていない。行動計画とは、必ずしも文章化されておらず、ある程度の柔軟性を持った行動シミュレーションである(Frese 2009, Frese & Zapf 1994)。

心理学的な観点からは、ビジネスプランの行動調整機能は、行動を開始し、維持するのに役立つ(Frese & Zapf 1994, Gollwitzer 1999)。行動計画は、「いつ」「どこで」「どのように」行動するのか、目標達成につながる一連の業務手順を明示する。アクションプランは、状況に合わせて行動を調整するのに役立つ。

具体的なサブステップを持つアクションプランは、自分の立ち位置についてのフィードバックを得ることができ、自分の進歩をモニターし、必要な修正を行うのに役立つ。つまり、アクションプランは、目標達成に必要な行動を開始し、維持し、評価する(Frese 2009)。

起業におけるビジネスプランの有用性

起業のプロセスにおいて、行動計画が有益な効果をもたらすことは、研究によって証明されている。例えば、行動計画は、ビジネスパフォーマンスと正の関係がある。Gielnikら(2013a,b)によると行動計画が高い場合には、起業行動と新しいベンチャー創出に対する起業家の目標意図の正の効果を示したが、行動計画が低い場合には示さなかった。

ビジネスプランが、行動を促し、規制するように策定されていれば、起業家のプロセスにおける成功を促進するはずである(Delmar & Shane 2003, Liao & Gartner 2006, Shane & Delmar 2004)。ビジネスプランにこうした側面が欠けていると、その機能は新規事業を正当化するだけのものになってしまう可能性がある(Honig & Samuelsson 2012)。

したがって、起業プロセスにおけるビジネスプランの役割をより深く理解するためには、行動を規制する機能や行動を促進する機能を考慮することが重要である。

例えば、ビジネスプラン作成のための詳細なテンプレートがあり、部分的にあるいはビジネスプラン全体を外部のコンサルタントが行うこともあるだろう。このようなケースでは、ビジネスプランの規制機能は無視されており(例えば、学習効果はほとんどなく、自分の行動を開始したり、指示したり、軌道に乗せたりするのに役立つ影響はほとんどない)、主な機能は、潜在的な投資家や銀行に洗練されたビジネスプランを提供することである(正当化機能)。

コンサルティング会社に経営計画や新規事業計画を依頼する企業は少なくない。中小企業にはこうした人材が在籍していることは少なく、コンサルティング会社への分析の依頼計画の立案を依頼するケースがあると認識している。

大企業はこうした経営計画人材が在籍しており、またしてないなくても外部から魅力的な条件で雇用することができるため必ずしも多くないが、中小企業や上場企業においても規模の小さい(年商数十億円程度)会社であれば十分なリソースが存在しないため、金融機関等を通して外部のコンサルティング会社に依頼することがある。

ビジネスプランニングは中期・長期の経営計画ではなく、新規事業や将来への投資、さらなる飛躍に向けた事業創出のための計画策定であり、本来は会社の強み、社長の思いや勘を十分に反映させた上で社内の意欲を高めながら、将来の経営人材育成も兼ねてプランニングから実行までを体験させることに意味があるが、外部のコンサルタントによる計画はあくまで、経済合理的にもしくは第三者からみて妥当性の高い計画に概してなりがちである。

これは、外部の投資家や金融機関に対しては非常に魅力的なビジネスプランニングが提供される可能性が高い一方で、社内人材の納得感の醸成や会社の強み・社長の思いを反映した事業計画とはなりにくい場合があるため注意が必要である。

今回はすべての内容を紹介しきれなかったのでまた次回に続く。

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