スタートアップ

アントレプレナーシップとは何か?

アントレプレナーシップとは何か?

Entrepreneurship(アントレプレナーシップ)は日本語では「起業家精神」と訳されている。しかし、「起業家精神」という言葉を聞いたとき、一度はそれって何だろうと考えたことはあるのではないだろうか?

アントレプレナーシップは新産業創出という視点から近年政府でも頻繁に取り扱われる概念だ。アントレプレナーシップは起業に繋げ、新しい産業の創出、グローバルに飛躍するユニコーン企業の創出という文脈においても頻繁に散見されるワードである。

実際日本にどのくらいアントレプレナーシップを持ち、活用した人があるのかというとイメージが湧かないだろうし、「アントレプレナーシップを持っている人」はそう見つけられないだろう。

アントレプレナーシップを起業家精神と訳すということにはあまり賛同しない意見もあるが、私はわかりやすくて良いと考えている。スポーツマンシップは「スポーツマン精神」であるし、シチズンシップは「市民性」であるように、その人達が持っている、持つべき考え方を指している。

一方でスポーツマンシップは正々堂々、ルールを守ってプレーするということだとすれば、「アントレプレナーシップを実行する」ということが何なのか。これは非常に定義が難しい。

ただ、アントレプレナーシップを「起業家が持っている考え方、起業家としての成功を目指すために必要な要素」を指しているのだとすれば、アントレプレナーシップについて思索を巡らせることはできるだろう。

そのためにはアントレプレナーシップをもつアントレプレナーとはどういった存在かを認識しておく必要があるだろう。そしてアントレプレナーとして成功するために何が必要なのか?についても理解をした上で、アントレプレナーとしての活動をすることは大切だろう。

アントレプレナー(起業家)とは何か?

アントレプレナーシップについて考える前に、アントレプレナーとは何だろうか?アントレプレナーは日本語では「起業家」とか「企業家」と訳されている。なので、以後起業家といえばアントレプレナーを指しているということだ。

この「起業家」という言葉が指す意味は多くの方にある程度共有されているかもしれない。端的に言えば、

「新しいビジネスを立ち上げる人」

と言える。繰り返しになるがアントレプレナーは「新しいビジネスを立ち上げている、立ち上げようとしている人」である。この定義に多くの場合異論はないだろう。しかし、なぜそれは「ビジネスマン」「個人事業主」「中小企業オーナー」ではなく「アントレプレナー」なのだろうか。「ベンチャー社長」と「起業家」は何が違うのだろうか?

アントレプレナー(起業家)という言葉自体はアントレプレナーシップを備えて、新しいビジネスを立ち上げる人全般を指すものであると考えている。

しかし、後ほど説明する理由において起業家的働きをしていたとしても、世の中の人が考える起業家というのは、「これまでになかったような、新しいビジネスを立ち上げるためにリスクを取る人」という起業家の中でも一握りの人を指していることが多い。

アントレプレナー自体は、税理士事務所を開くとか、訪問介護サービスを始めるとか、お弁当屋さんを始めても起業家と言えるだろうし、会社員であっても、新しい商品を新しいマーケットで販売しはじめる仕事をしたら、それは新しいビジネスであるから起業家的動きをしている。

しかし、会計事務所や訪問介護サービスが新しいビジネスかというと、その商売自体はずっと前からあるし、たくさんの事務所や会社が同じようなサービスを提供しているから、ビジネス自体は新しくない。

既存のものを新しい市場に売る方法を見つけたとしても、その市場からすればこれまでになかったものなのだから新しいビジネスであるし、それは起業家として求められている能力である。

アントレプレナーと呼ばれなくとも起業家はいる

アントレプレナーの意味を純粋に捉えるならば、新しいビジネスを始めた人というのは全員アントレプレナーであると言える。流行に乗っている乗っていないということは関係なく、ビジネスの種をみつけて事業を起こしているならアントレプレナーである。

しかし、税理士事務所を新しく立ち上げた人がアントレプレナーであるとは言わないのはなぜだろうか。本人がそもそも起業家だと思っていないということもあるが、客観的にアントレプレナーであるかどうかを判断する基準として大きく2つの理由がある。

ひとつは、ビジネスを始める時、アイデアをベースにしているかどうかということ、
もうひとつは、新しいと感じられるビジネスをしているかということである。

独占業務資格を持っている人しかできない職業、医師、会計士などは、既存の枠組みの中で資格を得たものだけが従事できる仕事をしているのであるから、そこにオリジナリティあるアイデアは含まれない。

しかし、YouTuber兼医師とか、ブロガー兼会計士のような新しい分野との組み合わせにおいて新たな顧客を開拓したり、新しいビジネス、例えばオンラインサロンや動画クリエイター、士業専門のコンサルタントなど新しいビジネスを生み出している場合、それはアントレプレナーと言えるだろう。

オリジナリティは特段無いが独立起業した人は、広い定義で言えばアントレプレナーではあるけれど、日本では「個人事業主」と呼ばれることが多い。会社組織を持っていれば「中小企業オーナー」である。

ただし、中小企業オーナー(社長)というのは、自分が事業を立ち上げて会社を作ったというケースもあるけれども、例えば家族経営の会社の代表取締役に着任するという事かもしれない。その場合、自分が新しいビジネスを始めたわけではないので、経営者かもしれないし、社長かもしれないがアントレプレナーではない。

アントレプレナーシップとは何か?

次に、アントレプレナーが持っている能力についてもう少し明確にすることで、アントレプレナーシップについても迫りたい。ここで少しだけ自分の話をしたいと思う。

私はある障害のある方の就労や暮らしの不便さ、孤独さという問題を解決するためのアイデアを思いついた。

そして、自分のアイデアを実現させるべく起業することを決意した。紆余曲折あったが結果的には会社を立ち上げた。最初から売上が立つようなビジネスではなかったから開発費用や営業費用、自分が生きるための給与を得るために誰かから資金を獲得する必要があった。

金融機関にも行った。いろいろなVCのキャピタリストと話した。結果的にはいくらかの資金を獲得した。模索している中で、当初思っていた仮説はどうやら問題を解決できないことに気づいた。そして、VCから見れば面白そうだし意義はあると感じてもらえても、市場性の評価が難しかった。

2年間無我夢中で目指していた私はそんな現実を目の前にして方向転換をせざるを得ないことを悟った。そして、振り返ったときに自分には起業家としてのセンスがなかったと認めるしかなかった。それと同時に、そもそも解決したいと思っていた問題に取組むために必ずしも会社を立てて起業家になる必要はなかったと気づいた。

自分の目指すところはそれとは違うということに気づき、方向転換しながら今もアントレプレナーを自称している。結局、世界は何も変えてないし、いくらかのお金と時間を費やしただけだった。スティーブ・ジョブズやザッカーバーグ、ジャックマーのような才能あるカリスマではない。

しかし、人に喜ばれ対価も頂くことで、大きな幸せを得る活動をしているのだという自分の思いすら自分で消してしまったら完全にアントレプレナーではなくなると信じている。

私はアントレプレナーシップを持って仕事をしたつもりだったが、「正しいアイデアを見つける」ということができなかったと言える。つまり適切な機会を見つけられなかったのだ。

一方で会社自体は存続しているので、会社組織を立ち上げること、すなわち従業員をひきつけ、投資家や金融機関から支援を受けること、日々の業務の運営には長けていたと言える。

アントレプレナーはこれら全てができなければ(自分がやる必要はないが)ならないのだとしたら、アントレプレナーになるためのハードルは非常に高いが、私はそれを目指して活動している人もまたアントレプレナーであると考えている。

ペンシルベニア大学のEnglish for Business and Entrepreneurによれば、アントレプレナーにはいくつかのビジネススキルが求められていると言う。

1つは、潜在的に成長・成功するような正しいアイデアを見つけることが得意であること。

2つ、必要な素材、人材、資金、潜在的顧客を特定することに長けていること。また、計画を立てて、従業員や投資家からの支援を取り付けることにも長けている必要がある。

最後に、アントレプレナーは計画を立て、成長を追求する。これはつまり会社を成長させるためのプランを作り、そのための方法を探すことに長けていることである。

これら3つのスキルがアントレプレナーシップであるという定義については、それも一つの見方であると思うが、必ずしもこれだけではないとも思う。アントレプレナーは成功者しか我々の前には見えないことが多い。しかし、それを真似したとしても成功するとは限らない。

彼らが成功を収めた背景には、非常に様々な要員が重なり合って一つの結果を引き起こしているし、あくまでこれら3つのアントレプレナーが持っているスキルは結果論であるということもまた頭の片隅に置いておきたい。

アントレプレナーの現実

アントレプレナーは過酷である

実際の起業家は大変な苦労をする。経営者や社長というと聞こえは良い。確かに肩書はCEOや社長ではあるが、もしそのようなタイトルが欲しいという人がいざなってみるとそんなもののためにこれほど大変な仕事なのかと思うに違いない。

バイトより遥かに責任は重く時給は安いという大変に割りに合わない仕事でもある。

私の知り合いにも、精神的に追い込まれてしまった人がいる。社員に長時間労働を強要してしまったり、過度のストレスから自分の気が狂ってしまったり、自分を傷つけてしまう起業家もいる。

これはあくまで私の考えであるが、サラリーマンでは得られない自由度が得られる反面、結果に関してはすべて自己責任、それどころかマイナスからのスタートであるということはあまり知られていないのではないだろうか。

アントレプレナーの社会的地位

残念ながら、曲りなりにアントレプレナーシップを持って活動してきた人間として社会的に認められると感じることは残念ながらほとんど無い。経営者や社長といえば、合コンでモテるのかもしれないが、それは「お金を持っている」というイメージから来るものであろう。

残念ながら創業期にある企業の社長が最初から自由に使えるお金を持っていることはまずありえない。先程も言ったように、自ら借金をして会社を運営するためにお金を使ってしまうので、何千万円の預貯金があったとしても、それは社員の給与を支払うのに数ヶ月も持たないほどの金額なのである。

他にもこれは当然なのであるが経営者の立場に愕然としたことがある。

  • 育児休業はできないし、倒産しても失業手当は受けることができない
  • バーチャルオフィス等で登記すると法人口座開設すら拒否されることもある
  • 住宅ローンはほとんど組むことができない(フラット35がぎりぎりセーフ)
  • 融資において個人保証を求められることがある

経営者としてなぜ経営者の報酬が高いのかという合理的な理由がこれらにあると言うことに気づいたのは自分が経営者になってからであったので、世の中から見たときのアントレプレナーの怪しさというのは犯罪者と同じくらい警戒されるもので、大企業のサラリーマンとはまったく異なる対応に愕然としたものだった。

さて、世の中からアントレプレナーというと具体的にどういう人がイメージされるのだろうか?楽天の三木谷さん、DeNAの南場さん、ZOZOの前澤さんは起業家と言えると思う。Appleのスティーブ・ジョブズやマイクロソフトのビル・ゲイツ、Amazonのジェフ・ベゾス、テスラのイーロン・マスクも当然起業家の代名詞的存在だろう。

視覚的なイメージとしては、若くて会社もイケイケに見えるかもしれない。これは会社としてもVCとしてもなるべく魅力的に見せたほうが、上場や資金調達、大企業との連携など会社としての成功に近づくという意味で、そう見せるというインセンティブは大きいためであるし、そういったマーケティング、ブランディングは意外と重要である。

アントレプレナーの語源

最後に言葉としてのアントレプレナーについて触れておきたい。「アントレプレナー(entrepreneur)」という言葉はフランス語に起源をもっている。

この言葉、今のフランス語では「ビジネスマン、起業家」という意味である。entreという接頭語は英語のenterに似ているが、「間(あいだ)」という意味がある。エントリーと言う言葉も「入る、進入」という意味のEntreeからきている。おそらく、商売として間に入る人というところからビジネスマンがこの言葉で呼ばれてきたのであろう。

じゃあなぜ、フランス語で商売をする人を指しているアントレプレナーが、英語でビジネスマン(business person)と区別されているのかというと、やはりそれは違う意味を持たせているからであろう。

ロングマン現代英英辞典で、アントレプレナーは以下のように定義されている。おそらくこの定義は最も広いアントレプレナーの定義であろう。

entrepreneur:
someone who starts a new business or arranges business deals in order to make money, often in a way that involves financial risks

しばしば資金リスクを伴う方法で、お金を稼ぐために新しいビジネスを始めたり、ビジネス取引をアレンジする人

business person:a person who works in business

ビジネスに従事する人

ケンブリッジディクショナリーでは、以下のように定義されている。

someone who starts their own business, especially when this involves seeing a new opportunity:

特に新しいチャンスを見つけたときに自分でビジネスを始める人

business person: a person who works in business, especially one who has a high position in a company

ビジネスに従事する人、特に会社で高い地位にある人

こうして定義を調べていくと、アントレプレナーはやはり「新しいビジネスを始める人」であって、更に特徴づけるポイントとして「新しいチャンスを見つけていること」や「財務リスクを背負ってビジネスをする」という要素があることがわかる。

また、単にビジネスマン、英語ではbusiness personというと「ビジネスをしている人」を指しているので、広い意味での経営者、それがサラリーマンであっても二代目社長であってもビジネスマンである。

なお、ペンシルベニア大学がCorseraで提供しているEnglish for Business and Entrepreneurshipでアントレプレナーシップは以下のように説明されている。

Entrepreneurship is the making of a new business.
A new business can be a startup, which is a business that did not exist before.

アントレプレナーシップは新しいビジネスを作ること。
新しいビジネスはこれまでに存在しなかったビジネスを、立ち上げることである。

ここでは、新しいビジネスを作るということに加えて、先程もロングマン英英辞典で説明されていたように「これまでに存在しない」という特徴もアントレプレナーシップのひとつの要素として説明している。

「これまでに存在しないビジネス」や「新しいアイデア」というのはアントレプレナーをアントレプレナーたらしめる要素としてある程度重要であるとみなされているということがわかってきた。

一方で、単にアントレプレナーと言った時には、新しいビジネスを立ち上げた人というのは全員起業家であるということには変わりない。そのビジネスが「新しいアイデア」に基づいていれば、よりアントレプレナーらしい要素を持った起業家であるとみなされるのだろう。

RELATED POST
翻訳 »