読書

【書評】ジョージ・ルーカスに影響を与えた『千の顔を持つ英雄』

スター・ウォーズにも見られる英雄の神話的冒険がたどる道筋

自分の限界を突破しようとする時の苦悩は精神的な成長にともなう苦悩である。芸術、文学、神話や儀式、哲学、苦行僧のような規律は、その人の限界となる水平線を越えて、ずっと広がり続ける認識の世界へ入るのを助ける道具だ。

境界を次々と越え、龍を次々と退治するにつれて、最高の願いのために呼び出された神の背はどんどん伸び、宇宙まで呑み込んでしまう。最後には心が宇宙の境界となる領域を壊して、形あるもののすべての経験―象徴も神も―を超越する認識に至る。避けられない虚空を理解するのである。

ジョーゼフ・キャンベル 「千の顔を持つ英雄」 

「突然、英雄の神話的冒険と言われても」という感じですが、英雄という語を「主人公」に置き換えて、世界共通で人々の心を引きつけるストーリーの構造についてと言われるとちょっと興味湧きませんか?

ジョーゼフ・キャンベルはこの著書の中で、英雄になるためには、いくつかの通過儀礼を通る必要があることを指摘しています。その通過儀礼には、分離、イニシエーション、帰還という大きな流れがあります。

そして、これらの通るべき道のりは神話の原型となっていることを指摘しています。

始まりはとてもひょんなことです。偶然としか思えない失敗が予想外の世界に繋がり、その人は理解を超越した力に引き込まれていくのです。日常の世界が、思いがけず現れた深い泉、つまり運命の入り口につながってしまいます。これが分離です。

その後、「妙に流動的で曖昧な輪郭の夢」に進んでいきます。これを不思議の世界と呼ぶことにしましょう。ここでは英雄が次々と襲ってくる試練を乗り越えていかなくてはならないのです。師匠の死、友人の死、ライバルとの争い、絶体絶命のピンチなどを乗り越えます。

この道の途中で女神と遭遇します。一般的には勝利を手にしたあと主人公が美しい女神と結婚するという形で表現されます。ここでハッピーエンドになるとところですが、そんなに甘くはありません。

その後も、誘惑する女に打ち勝ち、父親の繰り出す男としての儀式を乗り越えなくては、一人前の勇者にはなれないのです。この過程がイニシエーションです。そして、英雄として世界を救った者として帰還するのです。

あのキリストもブッダも同じように、このルートを通って神に召されたり、悟りの境地に至ったことで、今こうして神や仏を拝むことができるわけです。

この神話の構造の流れを図示すると以下のとおりです。

この大きな流れをより分解すると次のようになります。

冒険の形

出立

  1. 冒険への召命(英雄にくだされる合図)
  2. 召命拒否(神から逃避する愚挙)
  3. 自然を超越した力の助け(くだされた使命にとりかかった者に訪れる思いもよらない援助の手)
  4. 最初の境界を超える
  5. クジラの腹の中(闇の王国への道)

イニシエーションの試練と勝利

  1. 試練の道(神々の危険な側面)
  2. 女神との遭遇(取り戻された幼児期の至福)
  3. 誘惑する女(オイディプスの自覚と苦悩)
  4. 父親との一体化
  5. 神格化
  6. 究極の恵み

スター・ウォーズは神話の構造なのか?

そういえば、アナキン・スカイウォーカーもルーク・スカイウォーカーも最初は、奴隷や農民の生まれでしたね。ルーク・スカイウォーカーはR2D2というジャンクロボットに込められていたメッセージをたまたま見たことでこのスター・ウォーズに巻き込まれていきます。

スター・ウォーズで言えばダース・ベイダーとルーク・スカイウォーカーの関係に見られるのでしょうか。誘惑する女は…いますかね?最終的にダース・ベイダーと対戦することになるのですが、その過程は神話の構造と言えるかも知れません。

続三部作(エピソード7~9)については、その後のストーリーとなっていますが、神話の構造というわけではなさそうです。ジョージ・ルーカスが脚本を書いていませんから当然ですね。

ロード・オブ・ザ・リングは神話の構造なのだろうか?

主人公フロドが手に入れた指輪は、冥王サウロンの指輪だった。世界を闇の支配から救うために指輪を破壊するため滅びの罅裂に指輪を投げ込むため旅に出るというストーリーですね。

日常の世界で偶然手に入れた指輪という思いがけないきっかけから始まり、仲間と旅で多くの困難に出くわしながらも、目的を遂行するために進むストーリーは勇者的です。

ただ、ロード・オブ・ザ・リングシリーズでは、女神との結婚や父親との一体化というプロセスは強調されてないように思います。それよりも、スペクタクルなストーリー展開は、困難を乗り越える主人公をより強く強調したストーリーです。

スター・ウォーズもロード・オブ・ザ・リングも見たのはだいぶ前ですっかり忘れてしまってますので、ぜひこのジョーゼフ・キャンベルの主張がどれくらい当てはまるのか、より細かく分析してみたいと思います。

神話の構造は世界共通で受け入れられるストーリー

こうした道のりは世界中の神話の中で共通して見られると論じています。

つまり、現代のように情報が伝達されてその構造が使われているのではなく、人間が古来からそれぞれの文化においてほぼ同様の構造をもったストーリーを構築してきたということを示唆しています。

現代でも同様のストーリーに共感を感じられるのは、人間が共通して持つ恐れや不安、勇気や愛に基づく普遍的な人間性を揺さぶることが出来るからなのかも知れません。

そして神話の構造は、勇者(主人公)になるには大義名分が最初からあるわけではなく、「ちょっとしたきっかけ」「偶然の出会い」から始まるという重要な指摘をしてくれます。

踏み出した一歩から、冒頭に引用したように「自分の限界を突破しようとする時の苦悩は精神的な成長にともなう苦悩」を知ることになるのです。それは、テレビを見ていても、ゲームをしていても、他愛のない会話をしていても訪れているかもしれませんね。

千の顔をもつ英雄〔新訳版〕上 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)