スタートアップ

【保証編】企業家目線でスタートアップ5カ年計画読んでみました

どうやら岸田政権の「スタートアップ5カ年計画」が始動するらしいという話を聞きました。私の周囲の人もこの内容が良いと話題にしています。

それじゃあ、どんな内容なのか自分も見てみようじゃないかと思いました!

スタートアップをどう定義する?

岸田政権のスタートアップ企業

こういうものを読むときに私が一番気になるのがスタートアップの定義です。

スタートアップ企業(スタートアップ)は本来「創業初期の企業」すべてを指します。
英語で「Startup」なのだから新たに業を企てる組織ならスタートアップ企業なのです。

一人で始める株式会社はもちろん、自己資金や既存事業からの収益だけの資金で事業を急成長させるブートストラップ、外部から資本調達を行うことで資金を調達して急成長するスタートアップ企業などすべてを指していることになります。

そう言うと「それはスタートアップではない」と思う人も多いと思います。スタートアップというのはイケイケな若者がVCから資金調達して、指数関数的成長を目指して、ディスラプティブな新しいビジネスモデルを実現することだと。

自分もそう思っていた時期はありましたが、今ではそればかりではないのではないかという思いを持っています。ただ、それなりに良い生活を送ることのできる日本という国だと、起業する人や、世界的な企業が生まれないというのは一理あるように思います。

それは、以前アメリカで世界各地から来ていた他の企業家から感じたような、死にものぐるいの成功への意欲というのが、どうしても日本人としては持ちづらいからではないでしょうか。

もうはるか昔、学生時代に留学していた中国でも日本のアニメや食事、衛生用品に関する信頼は非常に高かったのを思い出します。日本は経済的に停滞していますが、日本の良さが全く無いわけではないのです。だから、日本から面白いビジネスや世界をワクワクさせるようなビジネスはもっと生まれてもよいと思っています。

そうだからこそ、私が一番気になるのは「スタートアップについて語るときは定義を先に説明すべきだ」と言うことなのです。

法律に則って動くはずの政府がスタートアップ企業に関して論じることがあったとしても、いつもなぜかスタートアップの定義がされていない。これがとても不思議です。

我が国を代表する電機メーカーや自動車メーカーも、戦後直後に、20代、 30代の若者が創業したスタートアップとして、その歴史をスタートさせ、 その後、日本経済をけん引するグローバル企業となった。

スタートアップ育成5カ年計画より引用

「我が国を代表する」とか「ユニコーン企業」について触れているところを見ると、国としては「数撃ちゃ当たるで新しくて大きな企業を輩出したい」というざっくりしたイメージだけで語っているのではないだろうかと感じます。

一緒に夢を見てくれる人がひとりでも増えることは心強いことですが、支援だけではなく、そもそも世の中全体が少し違った考え方を評価したり、雇用自体の改革も、スタートアップを目指そうと思うきっかけにつながると思うのです。

日本におけるスタートアップ

日本ではスタートアップを「急成長する企業」として定義することが多いのではないでしょうか。どの人もスタートアップの定義をしないままスタートアップについて語ります。

私の知る限りスタートアップ企業界隈においては、「外部資本調達とビジネスを急成長させる会社」を指しているように思います。

もちろん、その両方に当てはまっており、市場を生き抜いている会社でもスタートアップだとみなされない会社もあれば、VCからの資金調達をしてなんだかイケイケな写真を取ってプレスリリースしていても数ヶ月で解散する会社もあります。

一般的に言えば新しい事業を立ち上げる際に、他の企業より先んじて事業をマーケットフィットする際には多額の資本は必要になることが多いので、結果的に、ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家から資金を調達しながら、事業を急成長させる企業がスタートアップ企業であると捉えられているのではないでしょうか。

しかし、スタートアップ本来の定義に戻るなら、なんら新しいビジネスではない学習塾や整備工場、派遣会社といった事業を行う中小・零細企業であったとしても創業期であればスタートアップです。

あと、急成長企業とはどの程度のものなのでしょうか。

アメリカでは「指数関数的成長」というのはよく言われていました。どの指標を計測するかはビジネスによって異なるようですが、SaaSビジネスなら例えばARRが用いられます。

また、株主の期待である会社の時価総額でいうならば1000億円をわずかに数年で達成するユニコーン企業もあります。

2022 年現在、多様な挑戦者は生まれてきているものの、開業率や ユニコーン(時価総額 1,000 億円超の未上場企業)の数は、米国や欧州に 比べ、低い水準で推移している。

実際は日本では上場企業であっても時価総額が100億円を超えるベンチャーは珍しいです。これについては「スモール上場」だとか、「日本はアメリカのシード〜プレAラウンド程度の上場が多い」などと指摘されることもあります。

しかし、創業から10年以内に1000億円の時価総額になることは本当にすごいことです。それに、私なら上場前にそれくらい資本を調達できるなら、むしろ上場しなくて良いとも思ってしまいます。

日本におけるスタートアップは少なくとも、「外部資本を取り入れながら、数年での上場を目指している勢いのある会社」というニュアンスで捉えられていると思っていますがどうでしょうか?

ユニコーン企業を増やす簡単な方法

ユニコーン企業を増やす簡単な方法があります。

それは、起業家をもっとマスメディアが持ち上げて、人々が羨望の眼差しで見るような人として、カリスマ化して投資家から資金をたくさん調達させるということです。

これは冗談ですが、言いたいことは外部資本をたくさん集めて会社の時価総額をどんどん上げていくことができればユニコーン企業なら、それだけで良いわけないということです。

アメリカでセラノス(Theranos)のホームズ氏は時価総額1兆円でしたし、彼女は投資を募る能力に関してずば抜けていましたよね。実際に有名なVCが出資していたり、政府の元高官も出資者に名を連ねていました。しかし、結局彼女は詐欺として起訴されています。

時価総額というのは上場していない限りは理論上の価値です。企業の価値はバリュエーションで決まりますが、ユニコーン企業をどうしても作りたいなら、資金調達のうまい経営者を据えて、ベンチャー投資家界隈がその企業を盲目的に応援すれば良いのです。

つい先日もFTXという仮想通貨取引所が破綻しましたね。こちらもまた時価総額180億ドルと言われていました。1兆円は遥かに上回るだけの価値のある企業だったわけです。

ユニコーンは一つの価値の測り方ですが、その指標だけを見るのではなく、良いビジネスを持っている企業がなぜユニコーン企業になったのか、逆に良いビジネスなのにどうしてその企業はユニコーンを目指さなかったのかについても着目すべきです。

そして、資金はできるだけ広く募ったほうが集まりやすいのですから、日本のスタートアップからユニコーン企業を生み出したいのであれば、ベンチャー支援だけでなく世界から投資家を募るのにふさわしい日本の会社のマーケットにするということもまた大切でしょう。

既存の企業で経営効率が悪いところ、ROAが低い上場企業の経営者には退出してもらい、市場全体で適切な価値向上が達成できるような透明性の高い評価というのが必要になるんじゃないかと思っています。

はい、これはスタートアップ支援に関係ない独り言です。

経営者の個人保証を不要にする制度の見直し

スタートアップ育成5カ年計画はとても長い資料だったので、まずはLINEのスタートアップチャンネルで話題になっていた、保証融資の箇所に目を通してみました。

スタートアップ企業の融資事情

そもそも、スタートアップ企業は融資を受けるのか?これはCEOの考え方によります。私が知る範囲では融資も受けている会社が多いという印象があります。

スタートアップ企業向けの融資は主に日本政策金融公庫という政府系金融機関が担っています。ここはスタートアップ企業向けというよりは、民間金融機関から融資を取り付けることが難しい創業初期の小規模企業、自営業者向けに融資を行う金融機関です

これまでも新創業融資制度というのがあります。融資限度額は3000万円とありますが、実際は1000万円を超えると本部の承認が必要になるため、融資を通すハードルは上がります。

なお、上記の限度額に加えて実際借入ができるのは自己資金の3倍から5倍というのが目安になります。例えば自己資金200万円であれば、600万円までは下りることが多いです。もちろん、経験や信用、事業計画によっては減額されることもあります。

創業1年以上であれば、マル経融資(小規模事業者経営改善資金)というものもあります。こちらは融資限度額2000万円です。

ただし、マル経は従業員数に制限があり、人員を拡大するスピードが早いスタートアップ企業には使えないこともありました。

新しいスタートアップ企業向け信用保証制度

さて、今回は新しい信用保証制度を創設するということで以下の記載がありました。

スタートアップの創業から5年未満について個人保証を徴求しな い新しい信用保証制度を創設する。このための信用保証協会への損失補償等として 120 億円を措置する。

日本政策金融公庫が行う貸付けに、スタートアップの創業から5年以内について経営者保証を求めない貸付け要件を設定する。

スタートアップ育成5カ年計画(案)より引用

最初のスタートアップの創業から5年未満について個人保証を要求しない新しい保障制度というのが明確に打ち出されたことが新しい政策のようです。

繰り返しになりますが、前述の新創業融資は無担保・無保証の融資、マル経融資も保証協会の保証付き融資なので、スタートアップ企業だから絶対に融資されないということはありませんでした。

しかし、創業から5年未満の会社に対して別枠で制度を作るというところは、実はこれまでピッタリとくる融資制度はなかったので、創業初期というよりある程度生き残った企業に対してさらなる成長のための融資ができるようになります。

日本政策金融公庫は本当に民間金融機関が貸してくれないような創業初期にも貸してくれるので本当にお世話になるのですが、政府系金融機関のため、民業圧迫と民間金融機関から圧力がかかることを恐れています。

新創業融資のあとの資金調達についても民間金融機関と協調融資とすることが多いです。

そして、スタートアップもいきなり民間金融機関のプロパー融資を受けるのはやはり少しハードルがあります。様々な事務手続きよりも成長を優先するであろうスタートアップ企業にとってはこうした枠を使って実績を積む期間を持てることはとても助かります。

次に、創業から5年以内について経営者保証を求めない貸付要件を設定するというところですが、新創業融資やマル経融資とは別枠となれば、上限3500万円としてもかなり使いやすい借り入れをすることができます。

これまでの新創業融資の要件は以下のように、本当に初期段階、創業するための資金のみになります。

  • 対象者の要件
    新たに事業を始める方または事業開始後税務申告を2期終えていない方
  • 自己資金の要件

    新たに事業を始める方、または事業開始後税務申告を1期終えていない方は、創業時において創業資金総額の10分の1以上の自己資金(事業に使用される予定の資金をいいます。)を確認できる方

創業5年以内の企業に対しては経営者保証を求めないということでさらに融資を増やしてもらえるのであれば、多くのスタートアップにとってはありがたいのではないでしょうか。

無担保・無保証枠拡大の何が嬉しいか

正直に言って、真面目に健全に経営しているのに経営者個人が保証しないといけないなら、どこか経営者って割りに合わないなあと思っていました。

もちろん、ずさんな経営なら論外ですが、真面目に経営して事業が成長していれば必ず資金が必要なことがあります。それは設備投資だったり運転資金だったりします。

しかし、金融機関が企業に対して融資を実行する際は、長年付き合いのある優良企業や、上場している企業出ない限りは担保や保証を取ります。

確かにマル経は民間金融機関から借入をしますが、信用保証協会が保証をしてくれます。

しかし、これは経営者が責任を負う必要がないわけではないです。保証協会の保証付き融資というのは金融機関は保証協会に弁済してもらう権利を持っているのでノーリスクですが、経営者は保証協会に弁済義務が生じます。

(心情的にはなぜ同じ民間企業である金融機関はノーリスクで、経営者はハイリスクなのかと思いますがそれが資本主義でもあります)

金融機関が会社に対して直接融資を実行することを「プロパー融資」と言います。基本的にはスタートアップはプロパー融資すら難しいと思いますが、融資とバーターで経営者に約束させることがあります。

ひとつは担保です。担保というのは、借り手が返済できなくなった場合、貸し手の損害を補うために提供される物や不動産になります。

経営者視点で見れば、自分の会社で用いる資金を借りるときに自分の個人の資産を担保として提供することが求められるということになります。

また、保証というのは、賠償の責任を負うことです。「連帯保証」という言葉を聞きますが、これは借り手と連帯して返済するということを約束する保証です。

経営者視点で見れば、会社が返済できなくなった場合は個人で返しますと約束することになります。当然会社の経営が傾けば経営者個人であってもすぐに返すことはできないでしょうが、法的な債務を履行する義務があります。

結局、担保や保証があれば、事業運営をするために必要な資金であっても、経営者がそれを補う可能性があるならば十分に必要な資金を調達しようとは思わなくなりますし、経営者も本来取れていたリスクが取りにくい状況になります。

新創業融資は無担保・無保証ですが、これは平たく言うなら「事業用途として借りた金額を全額返済できなくても、個人で返す必要はない」ということになります。

この新創業融資は一応3000万円が上限とされていますが、実際のところは1000万円程度であることが多いので、これが拡大されるならば期待は大きいです。

今回の政策ではスタートアップが万が一倒産した場合も、政府が保証協会に対して損失を弁済するということまで踏み込んでいますから、実質的に「経営者のリスクを政府が受け持ってくれる」ということになるならとてもありがたいことです。

まとめ

政府のスタートアップ5カ年計画以外に、日経新聞の記事等も読んでみましたがまだまだ細かい点はわからないところがありましたので、続報を待ちたいと思います。

懸念点としては、保証制度一つをとっても、こうした制度を既存の中小企業やゾンビ企業が、スタートアップとして使えてしまう可能性があります。

また、創業初期の借入を増やすことができるならば、質の低い経営者が安直に借入を増やしてしまうということも起こるでしょう。

それでも、私個人としてはこれだけ融資面で支援してくれるのならば、スモールビジネスとしての独立や起業をやってみようという人は増えるのではないかと考えています。

今の日本にはそういうチャレンジをした人に対して、成功すれば評価され、尊敬されても、失敗した人に対しては何かと冷たい視線や、失敗した人というレッテルをはられてしまうように感じます。

新しい産業を創る、ユニコーン企業に成長させる、経済活動を発展させる企業活動のうねりを作り出すなどと言った大それたことは決して言えませんが、企業家もまた一人の人間であり、日々、恐れや失望、大きな失敗に直面しながら進んでおり、ときに得られる喜びや充実感もまた企業家ならではの経験だと感じます。

これまで家族や自己資産を失う可能性を隣り合わせだった企業家がこうした制度によって、自分を追い込みすぎずに済むのであれば、それは少しでもやりたいと思った人にチャレンジするきっかけを与えたという点で無駄ではなかったと信じます。

ということで、今回はスタートアップ5カ年計画の経営者保証を求めないということについて考えました。次回もお楽しみに!

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