スタートアップ政策・アントレプレナーシップ政策
スタートアップ企業創出に対する公共政策
アントレプレナーシップ、日本語で言えば「起業家精神」について語るとき、一般的にはひとりの起業家が立ち上げる組織としての民間企業をイメージする。
経営学に置いてもアントレプレナーシップに関する研究は主にこうした個人やベンチャー企業、スタートアップ企業に注目してきた。
しかしながら、公共政策が起業家の意思決定に影響を与えるということは、実体験として間違いのないことであろうと思う。例えば、政府系金融機関である日本政策金融公庫の創業支援融資は設立間もない起業家にとっては唯一の融資による資金調達手段である。
エンジェル税制は、投資家から見たベンチャー企業への投資をより積極的に促す役割を果たすであろうし、ストックオプション税制は上場を目標とするスタートアップ企業に参画する従業員のモチベーション向上に資するだろう。
アントレプレナーシップを発揮できる環境というのは、起業家本人の内因的な起業家精神から生まれるもの、アントレプレナーシップ教育によって育まれるというのは一理ある。
しかし、それを具現化するためにはいくつものハードルがある。
具体的に言えば創業資金であったり、法人登記住所の準備であったり、銀行口座の開設であったり、事業がうまく行かなかった際に起業家が負うマイナスの影響(借金による破産、個人信用の毀損、社会的評価)を極力抑えることである。
近年はソーシャルビジネス、ソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)と呼ばれる社会貢献性の高い事業活動への関心も高まりつつある。こうしたビジネスはエシカルな思想を持ち、人権や環境問題など国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)にも合致する部分が大きい。
一方で、環境に優しいビジネスや、障害者や発展途上国の人々に仕事を創出するビジネスは、利益創出を第一目標とする企業の経済合理的観点から見ると、メインのビジネスとみなされることはほとんどない。
こうしたソーシャル・ビジネスにより社会貢献を目指すことを志したとして、ビジネスとして持続可能なモデルを構築することは、純粋に市場ニーズに答えるビジネスを立ち上げることに加えて、さらに検討すべき事項が増えるために難しい。
実際に私も障害者の方々と協同して社会進出する障害者の支援ツールの開発を試みたことがある。私達のプロダクトは当事者を巻き込みながら構想を膨らませたもので、潜在的なユーザーは我々であった。これはリーン開発において理想的なプロダクト開発である。
私達のプロダクト構想は実現可能であるように思えたし、ビジネスプランコンテストなどでも受賞するなど高い評価を得た。私自身も複数のインキュベーションプログラムに参加し経験を積んできたのでプロダクト開発のノウハウはあった。
それにも関わらず、最終的にこのプロジェクトは頓挫した。理由は「市場が小さすぎる」ためであった。特定の障害をもつ人々に向けたプロダクトとなると日本全国でも対象となるユーザーは数万人程度になる。彼らが必ず使う理由があるレベルで問題解決に貢献するプロダクトであれば、成り立つだろう。
しかし、全員が生活に必要であると考えるほどには必要な価値を提供できなかったし、たとえ全員が購入したとしても、それでもなお投資家から見れば数十億円の小さなマーケットであり、投資の対象とみなされるようなマーケットが見込めなかった。
政府による政策的バックアップによって、より多くの起業家が参入の精神的ハードルを下げたり、彼らを応援するフォロワーがつきやすくなることは間違いない。
こうした、アントレプレナーシップ政策に関する研究はある程度されてきているが、近年狩猟されている面白い主張に、Mazzucato (2011, 2013)による「The Entrepreneurial State(起業家的国家)」というものがある。
この主張によれば起業の機会やその活用に関する意思決定の場を政府に移すことで、民間セクターの起業活動はより強化されると主張している。これはわかりやすくイメージするなら戦後の高度経済成長を計画したという見方がある(むしろ邪魔したという指摘もあるが)日本の通産省主導の経済政策と通ずるものがある。
彼女によれば、起業家的国家は民間セクターの起業家精神を補完し、促進するものであると主張している(Mazzucato, 2013)。これらの主張は主に米国での説得力のある事例やケーススタディによって補強されている。
Mazzucatoによる起業家的国家論は、自由主義経済のメッカであるアメリカの学者にとって見れば、セオリーとは反対の見方でもあり、そうであるがゆえにこの起業家的国家という主張はアントレプレナーシップ政策研究における論争の種にもなる、独創的な視点として指摘されている。
Lener(1999)によるベンチャー投資と政府に関する論文がある。この論文では、なぜ国家が民間企業に投資するインセンティブを持つのか、また、投資によるリターンが発生するのか、その動機を分析している。
なお、ここでの投資(Investment)はベンチャーファイナンスにおける、資金出資としての投資だけではなく、広義における減税制度や補助金、人材、知識などの提供という意味においての投資である。
Lener (1999)によれば、補助金は、正の外部性に対する適切な対応である。またEster(2017)が指摘するように、イノベーションを促進し、これらの企業の出発点となる新しい技術を共創することである。
一方で民間金融であるベンチャーキャピタルの存在はスタートアップ企業にとって重要である。ベンチャーキャピタルがシード期にリスクを取って投資を行うことで、起業家はプロダクトの検証に必要な十分な資金を確保し、人材を集めることが可能になる。
Leleux and Surlemont (2003)による研究では、ベンチャーキャピタルによる資金調達の成功は、特定の地域のコンテクストを理解することにあるという。例えばポーランドでは、ベンチャーキャピタルはシビルロー(制定法主義)よりもコモンロー(判例法主義)を有しており、これはコモンローの下で少数株主がより大きな力を持つためであるとしている。
アメリカはコモンローの国であり、この点においてポーランドの環境と似ている。ベンチャーキャピタルからの投資は、出資というお金を手に入れるだけではなく、その投資家としての知見やつながりを共有するところにも価値付与がある。
投資先に対して一定のコミットをすることに関しては、起業家の意思決定を妨げる障壁ともなりうるが、プラスに作用しているのだろう。ベンチャーキャピタルは、米国とは対照的に、欧州ではあまり成功しなかったため、ポーランドの成功は無視できない(Hege et al.2003; Bottazi and Da Rin 2004)。
ベンチャーキャピタルは、投資前に人格や経験といった非定量的要素も決定要因として考慮する(Morawczyński 2020)。ベンチャーキャピタルは、リスクが計算でき、調査能力があり(Mishra 2004)、また相性の良い性格の人を探している(Mishra 2004; Petty and Gruber 2011)。
ベンチャーキャピタルが非定量的な要素も重視する理由として、ベンチャー投資は予見可能な範囲が非常に狭く、計画立案と実行が既存のビジネスのように計画性のあるものであることのほうが少ないためである。
不確実性の高い中で、ビジネスモデルが成立するカギを探し、もっている仮設は無残にも反証されていくなかで生き延びるためには、「なぜそれをやるのか」という人格をも構成する部分が強くなければならない。
それは、つまるところリスクが計算でき、調査能力があり、苦しいとき、仮設が反証されても新たに種を見つけることのできる前向きで、粘り強さのある起業家である。
ベンチャーキャピタルは、投資の最終段階において、出口としてIPOを目指す。これにより、ベンチャーキャピタルの資金流入の維持と、スタートアップのスケーラビリティが確保される(Schäfer 2002)。
一方で、政府が新興企業に提供できる投資としては、シリコンバレーに存在する新興企業ハブからの指導、減税、研究開発を開始するための資金提供などがある。Public Finance Theoryを3つの分野に適用し、国の経済とスタートアップ企業による革新的な発明全体にプラスのリターンを生み出すことができるかを分析することができる。
スタートアップ企業へのコーチング及びメンタリング
現在フィリピンには、起業家を目指す人が成功できるようなスタートアップ経済やスタートアップ・ネットワークが存在しない。
フィリピンの新興企業の多くが失敗している主な理由は、時代遅れのビジネスモデル、メンターの不足、地元の投資家が採用している投資戦略が、この分野では持続不可能なものであるためであると指摘する。
メンターシップはスタートアップが成功するための鍵である。ビジネスを成功させるためにメンターが提供する知識を得るだけでなく、起業家はそれまで存在しなかった人脈を獲得することができる。
ほとんどのスタートアップは、同じような情熱を共有し、イノベーションを起こしたい個人によって共同設立される(例:BootUP、The Hive、Powerhouseなど)。共同設立されたスタートアップの多くは、起業家がメンターシップセミナーやシリコンバレーで出会い、アイデアを交換し、一緒にビジネスモデルを開発するために交渉することで生じる。
フィリピンのスタートアップ事情と比較すると、日本のスタートアップ環境はかなり整っていると感じる。SmartHRを生み出したOpen Network Labは長年アクセラレーションを運営おり、最近5,6年で他のアクセラレータープログラム、オープンイノベーションイベントも増えている。
設立間もないベンチャー企業はオフィスの登記や銀行口座開設に苦慮することもあるが、DMM Labのようなベンチャー起業家の集まるオフィスを安価に使うことが容易になった。このような場において多様人材があつまり、お互いに刺激を受けながらコミュニティーが形成されている。
Public Finance Theoryを適用すると、フィリピンのスタートアップシーンで意欲的な起業家に補助金を出すことで、国にプラスの外部性をもたらすことができるかを検証することができる。Lener (1999)によれば、政府が保有する資源は有限であるため、すべてのスタートアップに補助金を出す必要はない。営利か非営利かにかかわらず、成功する可能性が高いと判断した少数の企業に資金を提供することはできる。
Song, D. -G et al. (2018)によれば、大学生の期間に起業することは、起業にポジティブに作用するという。すべての大学生がアントレプレナーシップコースを履修しているわけではないので、起業に積極的に取り組まない人もいるかもしれない。
Reypens, Delanote, & Rückert(2020)の研究によると、米国のスタートアップの大半は、民間投資とベンチャーキャピタルの増加によりさらに加速していることが示されている。市民の参加が大きいと、企業がデフォルトに陥る可能性が減り、さらに成長することができると指摘する。
欧州の多くの文献では、起業家チームまたはゼネラルマネジメント(Franke et al. 2008; Streletzki and Schlute 2013)という用語を適応しており、個人の集団を示しています(Hsu et al. 2014; Warnick et al. 2018)。その理由は、スタートアップの成功は、個人の革新的なアイデアだけでなく、コラボレーションに基づいていることを示すためである。
ここで提供される正の外部性は、現在、私たちの国内に小さなスタートアップエコシステムがあり、アクセラレータ分野に参入したい他の意欲的な起業家をジャンプスタートさせることができるということである。
将来のフィリピンのスタートアップ・シーンの先駆者たちは、今や志望者のメンターとして活動することができるため、成功したいのであれば、わざわざシリコンバレーまで足を運び、スタートアップではない起業家からアドバイスを受ける必要はない。
このプロジェクトが提供する知識の広がりは、この分野に新たに参入する人々や、これらの新興企業がフィリピンに提供する技術の受益者に、プラスの外部性をもたらす。
スタートアップに関連する税控除と制度改革
税は所得や資本からお金を取り除くため、消費に対する抑止力として機能する。
法人税、キャピタルゲイン税、固定資産税などのために、従来のビジネスや新興企業がオフィスを構えたり、製品を作ったりすることができないのも、同じ原理である。
フィリピンでは、起業に伴うリスクのために個人が起業に携わることはなく、ましてや、現在フィリピンに存在しないスタートアップ・シーンに携わることはないため、この傾向はさらに強まっている。
政府は、人々がスタートアップが取るべき正当なビジネスキャリアであることを理解するためのインセンティブを作る必要があり、減税はそのためのイニシエーターになり得る。減税の大原則は、Yang(2018)が述べるように、経済の生産性を高めつつ、連邦政府に赤字を提供することである。
政府は、一度行動を起こせばプラスのリターンが保証されるのであれば、こうしたリスクを取ることを厭わない。一般市民への減税とは異なり、有形無形を問わず成長し経済の屋台骨となることが想定されるスタートアップに提供することになる。
政府は、このインセンティブによって、意欲的な起業家が市場に参入できる機会を増やし、経済の生産性を促進することに貢献することが保証されている。Loh (2020)によれば、シンガポールでは、国内に3,800社のスタートアップがあり、150社以上のベンチャーキャピタルが存在している。
シンガポールなどスタートアップエコシステムがある国で、スタートアップが持続可能で魅力的な理由は、税制上の優遇措置だけではない。Cheah(2016)の研究では、シンガポールは破産した起業家が清算で新たに起業することを認める破産手続きが最も早い国の一つです。29ヶ月の期間を平均10日に短縮し、立ち直りたい起業家の生産能力を高めている。
ビジネスが失敗しても、政府が立ち直りを支援してくれるという保証を与えることで、持続可能なエコシステムが成長し続けることができる。
これは特にフィリピンにおいて重要で、フィリピンには確立されたエコシステムがないため、開発の初期段階において成長にある程度の変動が生じる可能性が高い。政府がこのようなメリットを提供することで、起業を志す人にとってより魅力的な環境となり、エコシステム内の起業家が定着することが期待される。
さらにCheah(2016)によると、シンガポールは、より多くの企業が市場に参入し、たとえ失敗しても立ち直れるように、スタートアップ文化を推進する際に破産法を緩和したと述べている。
また、より多くの人がスタートアップエコシステムに参入できるよう、この種のビジネスに対して税制上の優遇措置を講じようとしている。デジタルバンキングによる官僚主義の最小化と書類作成要件の最小化は、シンガポールで大きな効果を発揮しており、2016年には4300以上のテックスタートアップが誕生している。
Delanote, Reypens, & According to Kim et al. ‘s(2010)によると、シンガポールの持続可能なスタートアップ経済は、グリーンムーブメントの促進、より多くの投資家の誘致、韓国のテックシーンとの相互関係の促進が可能であったという。
Delanote, Reypens, & Rückert (2020)の研究によると、スタートアップ・エコシステムにおいて、政府は招集者、資金提供者、ファシリテーターとして活動するが、スタートアップと直接関わることはほとんどない。その結果、スタートアップが奨励したいデジタル化されたイノベーションへの一般市民のアクセスが少なくなり、他の企業や市民へのポジティブな波及が促進されないと指摘する。
さらに、政府がリスクを回避することは、リスクを取るという性質上、これらの革新的な新興企業のスケーラビリティにも影響を与える。このため、製品開発のスピードが落ち、ビジネスを維持するための資金調達も難しくなる。
この地域の新興企業は、米国とは対照的に、ビジネスのスケーリングが遅れる。この原因は、個人投資家やクラウドファンディングの不足、そしてこれらのビジネスの持続可能性を確保するためのスタッフ不足ににある。
創業資本の調達
スタートアップ・ビジネスを始める際、多くの起業家が最も苦労するのは、スタートアップ・キャピタルと初期投資家の獲得である。Kulkarni(2017)は、自分のビジネスがどのように利益を得るのか、配当がどのように投資家に分配されるのかを投資家に説明するのは困難だと述べている。
スタートアップの現場は新しいビジネスモデルであるため、従来のアーキタイプに当てはまらないため、投資家がどのように発展していくかを理解することが難しい。このような問題があるため、新興企業は初期段階で資金を調達し、成長を加速させることができない。
Evers (2003) が述べているように、新興の新興企業が直面する共通の問題は、最小限の投資では、ビジネスモデルのボラティリティのために失敗に終わるということである。新興企業は、革新的であるために、従来のビジネスモデルと比較してより大きなリスクを取る。
したがって、新興企業が成功するためには、安全策と投資が必要である。新興企業に対するネガティブな見通しが続くと、投資家の信頼度が低下し、経済セクターの停滞や消滅につながる。実際にPricewaterhouseCoopersの発表するレポートでは、2016年から2019年の間に、47%以上のスタートアップ企業が株式と負債において外部資金提供者を持たなかったとされており、資金調達には苦労している会社が多いことがわかる。
企業は、企業が成功すれば大きなリターンを得られることから、ベンチャーキャピタルからの投資に関しては最大の成功を収めている(Gulati and Higgins 2003; Pahnke et al.2014)。また、企業がベンチャーキャピタルの獲得に成功するためには、企業がピボットできる能力が重要である。
Gomper, Gornall, Kaplan, & Strebulaev (2020)によると、このCovid-19パンデミックは、52%のスタートアップポートフォリオがプラスの影響を受けるか影響を受けない一方、38%がマイナスの影響を受けたがまだ大丈夫であるという。これは、ほとんどの伝統的なビジネスモデルとは対照的に、リモートワークが容易なスタートアップのビジネス構造に起因している(Ding, Levine, Lin, and Xie 2020)。
これは、伝統的なビジネスモデルとは対照的に、スタートアップが持つ機会を示しており、Covid19のパンデミックの状況後、将来のベンチャーキャピタリストを惹きつける可能性がある。
参考文献
Akehira, Shotaro Paul, Emmanuel Alcantara, and Augusto Laforga Jr Razmjoo. “Competition and Innovation: The Rise of Startups and Its Effects Towards the Philippines Economy.” Journal of Economics, Finance and Accounting Studies 4.1 (2022): 383-411.