インターネットは監視されているという事実を突きつけた
スノーデン事件を覚えているだろうか。2013年5月にアメリカ合衆国国家安全保障局(NSA)の盗聴・通信情報収集システムが、アメリカ国民及び全世界の人を監視しているという内部告発をした事件である。
スノーデンは英国大手新聞ガーディアンにPRISMを始めとしたNSAの極秘ツールの証拠を公表した。電話の盗聴においては大手通信会社ベライゾン・ワイヤレスも当然協力会社であり、住所氏名、通話の録音のほか、通話者双方の電話番号、端末個体番号、通話に利用されたクレジットカード番号、通話時刻、通話者の位置情報など、スパイ映画さながらの検閲を行える体制を持っていることが明らかにされたのだ。
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当時の僕は、大学入学当初抱いていた国際政治への熱い関心をそうそうに忘れ去り、バンド活動に専念していた。このスノーデン事件も「米国がやりそうなことだな」、「大きな事件になった」という印象しか持たず大学生活を謳歌するのんきな学生だった。
そんな僕でも、大手IT企業がこうしたNSAの活動に容易に加担していたという事実には驚いた。マイクロソフト、ヤフー、グーグル、フェイスブック、スカイプ、アップルなど今では「GAFA」と呼ばれる会社が全て協力していることが明らかになった。このことは映画「スノーデン」の中でもしっかり触れられている。
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なぜ驚くのかと言うと、こうしたシリコンバレー発のベンチャー企業というのは基本的にギーク、もとを辿ればヒッピー文化を継承している反政府的なポリシーを持った創業者が立ち上げたものだとばかり思っていたからだ。
さすがにその創業者が生きているうちは、それくらいの信念があるのだろうと思っていたが資本主義経済の中で彼らがその地位を維持するためには、政府の圧力を跳ね返すというハイリスクな経営をしてはならないことを察したのだろう。((マイクロソフトなどは表向きは令状なしの捜査には協力しないとしていたが、裏ではバックドアを開けていた。Twitterは最後まで反対したとされているが今ではどうだろうか))
また、通信傍受のためにはNSAの3万人のマンパワーでは到底足りず、ブーズ・アレン・ハミルトンやシスコ・システムズ、IBMといった大手のIT企業のエンジニアがコンサルタントとして仕事を得ているというのも、経済や社会のしくみについて無知な自分には衝撃だった。
そしてインターネットはそのネットワークの特性上、世界中のあらゆるルートを通って通信を行えるのだけれど、そのためには当然光ケーブルが必要で、日米間には太い光ファイバーケーブルが太平洋を渡って埋められている。ここを盗聴する作戦は「Tempora」と名付けられて、実行されていることがスノーデン事件で明らかになった。
ケーブルのチョーク・ポイント(中継地点)となる日本にも当然に通信傍受のための設備が設置されていることがわかった。つまり日本の大手通信会社、NTTグループも(日本政府を通して)NSAに協力しているというわけだ。
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中継地点で傍受することで、身近に使っているインターネットというツールを介することで、相手のコンピュータへのハッキングやスパイウェアという方法を使わなくても、まさに検閲する形、使っているだけで筒抜けにされてしまうということである。
私達はテロリストではないけれど、これからはさらに日常生活にインターネットが浸透していく中で、IoTやモバイルデバイスを通して、米国を始めとした国家が国民の行動や思想全てを把握できるようになることには違いないだろう。
中国は一足先に国民総監視社会を実現した国家
2012年から約1年半ほど中国に滞在した。大学のキャンパスネットワークからフェイスブックやツイッターを使うことができなかったが、中でも一番困ったのは連絡用のスカイプやGmailが使えなかったということだ。
自分は便利なツールが使えない不満を言っていたけれど、今思えばインターネットでどんなサイトを見たのか、家族や恋人と話したかなんてことが政府に知られたところで特に失うものはないから、そのツールを使わせてほしいと思っていた。
今思えば、なんとも小市民らしいお気楽な考えで、それ以上深く考えていなかったがこうした事実をちゃんと踏まえた上で考えれば、中国政府がこれらの通信を傍受するのは当然のことだし、政府関係者や国民になるべくこれらの米国IT企業のツールを使用させないのはリスク管理上当然と言える。
それはもちろん中国の治安維持のためということもあるが、同時に中国が米国の盗聴を防ぐためでもある。米国製のツールを使うということはNSAにその通信情報を筒抜けにされているということだからだ。
情報をどう使うかは持っているものだけが決められるのだから、例えば、その人を社会的に失脚させたけれれば、徹底して評判を貶めるような情報をそれとなく流せばいいだろう。そこではちょっとしたプライベートのいざこざや失言、曲解が個人を貶める武器になる。
中国があそこまで必死に「グレートファイアウォール」を巡らせるのは、単純に自国のベンチャー企業を育成したかっただけじゃない。それは目的の一つだけれど、米国に通信傍受されないネットワークを維持することも重要な目標であったのだ。
ファーウェイ締め出しも、スノーデンからの流れで見ると興味深い
最近、より一層きな臭くなっている米中関係であるが、中国の通信機器会社であるファーウェイおよびZTEが米国を始めとした「ファイブ・アイズ」((ファイブ・アイズは「英語を話す、アングロサクソン系諸国(イギリス・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド)」であり、アメリカの重要同盟国としてA層と呼ばれている。日本や韓国、その他の同盟国はB層と呼ばれており、協力関係にあるがスパイ対象国であり、スノーデンの公表したような極秘情報は渡されない。https://ja.wikipedia.org/wiki/UKUSA%E5%8D%94%E5%AE%9A))で規制されているというニュースがよく見られる。
豪州の5G市場で締め出される中国メーカー、その知られざる余波
https://wired.jp/2018/09/03/australias-ban-on-huawei/
イギリス通信大手 ファーウェイ製品除外 5G部品から
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181207/k10011739181000.html
これらの国がほぼ同時期にファーウェイを突然排除する動きというのは、おかしいと思わないだろうか。それぞれが独自に判断しているわけではない。全ては米国との情報を共有している国であるから、今後も同じ情報を手に入れるためには米国からの指示に従う必要があるのでそうしているだけの話だ。
ファーウェイに関連して、国連安保理のイラン制裁を回避しようとした経営者をアメリカ政府の要請によりカナダ政府が逮捕した。この背景を見ても、この逮捕の根拠となる安保理自体が実質米国の意思決定機関であり、米国の国益に沿った決定に基づいているのだからちょっと都合がいい。そしてカナダはファイブアイズの一員だから当然米国の指示に従う。
米当局のファーウェイCFOに対する容疑明らかに カナダ裁判所
https://www.cnn.co.jp/tech/35129836.html
米国政府がずっと叫んでいる通り、中国政府の息のかかった中国企業が、通信傍受をしようとしているという可能性は当然ある。それが諜報活動の世界だし、なにより米国がこれまでずっとやってきたことだ。だから傍受活動を防ぐためにも製品を受け入れないという米国の方針は当然予期できる。
この時期にファーウェイが排除されるのは単なる貿易戦争ではない。GDPで中国が米国を抜くのも2030年〜40頃と見られている中で米国の中国へ対する圧力のかけ方が一段とギアアップしているのだ。貿易で圧力をかけているように見えるのは表向きのポーズだ。安全保障のために、経済で揺さぶる。この両面性は忘れてはならない。
すべては米国の覇権を維持するため、使える手段は全て使っていくのが米国のやり方である。米中間の話題が上がるたびにスノーデンを思い出さずにはいられない。